2009年7月 5日 (日)

2008世界ろうミスコンテスト

過去ミスコンテストでは、米国やベネズエラなどで、ろう女性が優勝し、輝かしい冠を獲得したことがある。
この関連の話題で、最近初めて知ったことだが、2006年から、毎年、世界ろうミスコンテストが行われているらしい。
2008年はチェコ・プラハで行われ、今年2009年はポーランドで行われる予定だそうだ。

02

http://www.missdeafworld.com/

01このコンテストに参加したのは、ジンバブエ、モンテネグロ、セルビア、英国、チェコ、オーストラリア、イタリア、ブルガリア、イスラエル、ロシア、ベロシア、スロバキア、ポーランド、エストニア、マルタ、ドイツの16名。
ミスコンテストをまだ知らない国々が多いから、この数に留まっているかな?

032008ミスに輝いたのは、英国のロザンナ・マッツォッシオRosanna Mazzocchio。昨年当時は19歳。
ろう女性にも、輝かしく嬉しくなるような夢があるのは、大変良いことだ。
コンテストの中で、得意な演技を披露するプログラムがあるらしく、各々、見るのも楽しい。

2008世界ろうミスコンテストの様子は、次の動画で見ることができる。

優勝のロザンナさんのインタビュー動画も見れます。英国手話です。英語字幕あり。

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2009年7月 4日 (土)

WFDヨキネン理事長のインタビュー

Marrku今年5月に、ニュージーランド手話週間関連の行事に参加されたWFDマルク・ヨキネン理事長のインタビューが見れます。
手話、ろう者の人権について、WFD立場上述べています。
国際手話で話されていますので、読み取りに挑戦してみましょう。
もう一つの手話は、ニュージーランド手話。


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2009年7月 1日 (水)

欧州 議員

Eud_logo遅い情報となってしまったが、欧州ろう同盟European Deaf Unionで、今年、欧州のろう議員が4名となったと記事が載っている。
http://www.eud.eu/
彼らの活躍を祈る。
アジアでは、ネパールの一人だけ。アジアも多く出してほしいなぁ。

出典元:http://www.eud.eu/news.php?action=view&news_id=73

ハンガリー:
Kosa_2アダム・コサ氏
政党:FIDESZ、欧州議会
任期:2009~2013年
http://www.eud.eu/news.php?action=view&news_id=71

ベルギー:
Stevensヘルハ・ステーフェン氏
政党:N-VA-New-フラマン同盟
任期:2009~2013年(再任)
http://www.eud.eu/news.php?action=view&news_id=72
投票結果あり、動画あり

ギリシャ:
Arapoglou1ヂミトラ・アラポグル氏
政党:LA.O.S
任期:2007~2011年

オーストリア:
Jarmerヘレネ・ジャルメル氏
政党:緑党
任期:~2012年
http://www.eud.eu/news.php?action=view&news_id=74

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2009年6月18日 (木)

ゆずり葉 満足度ランキングトップに!

同日公開の映画についての満足度ランキングというものが、ぴあで行われている。
『ゆずり葉』は6/13公開であり、同日に、タミネーター4というシュワツェネガー俳優が出てくる映画も公開。
13題名の映画のうちで、89.2点で、満足度トップとなった! おめでたい!
いい踏み出しとなった!

http://www.pia.co.jp/cinema/ranking.html

観客の声が3点、載っている。

http://www.pia.co.jp/cinemaw/detail/151577.jsp

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2009年6月15日 (月)

「ゆずり葉」上映公開

20090608_009映画『ゆずり葉』が、全国のトップを切って、ポレポレ中野において、上映公開された。

20090608_011 20090608_012私は、主催代表として、且つ、東京都聴覚障害者連盟理事長として、舞台挨拶をしてきた。
1回目、2回目とも、椅子97席と座布団を合わせて、120席余りが埋まった。このような状態が続いて欲しいと祈っている。
ポレポレ中野での映画上映は3週間予定であり、このあとに、東京都内各地で上映会が始まる。

Top4この映画『ゆずり葉』は、全日本ろうあ連盟60周年記念事業として制作されたものであり、過去・先輩の多くのろう者がろう運動によってろう者の社会参加と自立を確立させていった実績を、未来のろうの若者、そして、聞こえない子供達へ語り継ぎたいと想う気持ちを込めたものである。
映画制作に熱を入れるろう者達とろう運動に関わるろう者達とのつながり、主人公のまつわる人生の秘密、そして、恋愛らの物語が相重なり、各々、展開させているので、なかなか面白く、関心深い。

上映情報やあらすじなどは、次のURLへ。
http://www.jfd.or.jp/movie/
Imgp3695_2

ポレポレ中野で見て、友人知人をはじめ、職場や学校などの周辺の人達へ呼びかけて欲しい。
上映企画を考えて下さったら大変嬉しい。上映企画を考えたら、まず、都内各区市のろう協会へ問い合わせていただきたい。都内各地で、ろう協会独自で上映会を予定しているが、共同上映会も可能である。

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2009年6月 9日 (火)

第57回全国ろうあ者大会 無事終了!

20090606_010 20090607_0016月5日~6日午前の評議員会、6日午後~7日の全国ろうあ者大会が開かれ、無事に終了!
評議員会に出席された方々、全国大会に参加された方々、皆さん、お疲れ様でした!
理事任期3年間満期に伴い、6日午前に理事・監事・議長の改選が行われた。
定員16名と減らされた理事に20名の立候補、今回の改選はかなり厳しかった。

理事16名、監事3名、議長4名で構成された、石野理事長体制が新しくスタートすることになった。
暖かい応援と協力をよろしくお願いします。

20090607_0076日午後に3つの研究分科会が開かれ、私は、第二分科会の総合司会を担当した。障害者権利条約関係のテーマであり、藤井克徳JDF幹事会議長に講演していただいた。経緯や理解すべきポイントなど、わかりやすく話され、私達が取り組むべき方向が見えてきて、大変有意義であった。

20090607_009

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2009年6月 2日 (火)

ろう青年国際交流研修

締切を過ぎたものだが、今後の参考のために、ここに載せておこう。

1つ目は、デンマークろう協会の研修企画『フロントランナー(先導者)』(Curriculum of the Frontrunners Project Management)
02研修期間:(1)2009年8月31日から15週間
    (2)2009年8月31日から1年間
場所:デンマーク
費用:自己負担
申込締切:4月15日
対象:18~30歳、1ヶ国に2名まで。
使用言語:国際手話と英語
詳細は、次のURLへ。
http://www.frontrunners.dk/default.aspx
今年で5回目となるフロントランナーは、研修・議論だけでなく、どこかの途上国へ行ってボランティアも行うらしい。凄くいい経験になれそうだ。


2つ目は、ギャロデット大学の研修企画『草の根運動研修』(Grassroots Advocacy Leadership Training for International Deaf and Hard of Hearing Individuals)
03研修期間:2009年6月28日~7月5日(8日間)
場所:米国ギャロデット大学
申込締切:5月30日
費用:自己負担
詳細は、次のURLへ。
http://www.regonline.com/builder/site/Default.aspx?eventid=688684
講師一覧を見ると、ASL(米国手話)ができる方々ばかりであるので、講義や議論は、たぶんASLで進められると思う。最初の企画であって、8日間の集中講義みたいなもの。効果は未知。

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2009年5月30日 (土)

第57回全国ろうあ者大会が間もなく!

Top
来る6月3日~7日に茨城県つくば市において、第57回全国ろうあ者大会が開かれる!
参加される皆さん、つくば市でお会いしましょう!
今回の目玉は、2009~2011年度の新理事長は誰か!?、そして、6/6(土)夜の『ゆずり葉』上映会だろう。
今回の大会ではちょっと異変があるようだ。
まず、分科会について、従来では、「手話」分科会の人気があり、ダントツ、トップであったが、今回は、「運動」分科会がトップになっている。内容は、先輩から後輩への引き継ぎに関する議論がテーマとなっている。何かのインパクトがあることを望む。
それから、東京都からの参加が、450名を越し、過去最高だそうだ。なぜ過去最高となったのか、私にはまだわかっていない。東京から参加される皆さんが、大きな糧となることを祈りたい!

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2009年5月14日 (木)

ニュージーランド国際ろう短編映画祭

デフ・アオテロア・ニュージーランド(旧ニュージーランドろう協会)が、ろう者と手話に対する理解啓発活動として、5月4日~10日を「ニュージーランド手話週間」として、いろいろ取り組みが行われた。
Dsfflogoその週間後半の5月7日~10日に、『国際ろう短編映画祭』が、ニュージーランド・オークランド市とウェリントン市で開かれた。
参加は、日本参加1作品を含めて、16作品。
参加作品の紹介:http://www.deaffilmfest.co.nz/nz-deaf-films.html
各賞のノミネート:http://www.deaffilmfest.co.nz/nominees.html
20090510_101 20090510_095日本参加の作品は「失われた赤ちゃん」、原作賞(左)と女優賞(右)にノミネートされたことは、驚きだが、大変喜ばしい。

20090510_044 20090510_039最終発表は、5月9日(土)夜の6時から12時まで、タウンホール(左)で行われた。私は、9日昼に短編作品を鑑賞して、夜の発表に出席した。
今回で第4回となり、取り組みも、コメントも、授賞も、本格的であり、大勢が満喫できたと思う。

20090510_106作品賞は、『Best Compost』(左)。撮影技術が大変素晴らしく、斬新的なストーリー展開とと圧倒的な演技であった。

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2009年5月13日 (水)

世界ろう連盟理事会第92回会議に出席

5月6~8日にニュージーランド・ウェリントン市で、標題の会議が開かれ、私はニュージーランドまで飛んで、出席して来た。
世界ろう連盟アジア太平洋地域事務局から、オセアニア地域事務局の分離独立を希望しているオセアニア3ヶ国と話し合うことも含まれている。
20090510_003この会議に出席して、私にとっていい経験と勉強になったことが勿論だが、それより、各理事の方向や考え方がよくわかったことが一番大きな糧であった。
理事は、各々、地域・文化・宗教が異なる地域から来ているという背景事情が異なっている人ばかりであり、会議などの議論では、どこまで意見を尊重し、どこから反論・議論をしてよいか、本当に難しい。

20090510_030左画像は、会議終了後の5/9にニュージーランドろう短編映画祭の合間に、近くの広場を散歩している時に撮ったもの。
左が私、中がヨキネン理事長(フィンランド)、右がヘッドベルグ理事(スウェーデン)。

20090507_045 20090507_046左の2枚は、5/9の理事会会議終了後、ヨキネン理事長が出席者を労うための夕食会を開いたもの。
ウェリントン港波止場近くの元倉庫を改造してレストランとして開いているところで、ヨキネン理事長とリサ名誉理事長は魚料理が好きということで、魚料理も選べるレストランの予約手配を、ヨキネン理事長が、地元のデフ・アオテロア・ニュージーランド役員へお願いしたらしい。
アンコウを小麦粉でまぶしてオリーブオイルで軽く焼き上げたものが美味しかった。

20090507_047_3この夕食会で思いがけなかったことがあった。
ムーラン理事が突然「ここの誰かさん3人を合わせて170歳になります。それは誰でしょうか?」
多くは「リサさんとヨキネンさんの歳を合わせて、更に、もう1人は50歳、それは誰かな?」と考えたようだ。
(欧州では誕生日と歳を知っておくことが重要ですよね。)
ムーランさんが答えを出した。「それは、リサさんとヨキネンさん、そして、イチローです。」
思いがけない話で驚いた。誕生日祝いのケーキも出されて、誕生日の4月10日に海外で過ごすことがあまりなく、海外で誕生日祝いをもらったことがない私にとって、感激な一時であった。

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2009年4月27日 (月)

ハノイろう協会

ベトナム政府で、障害者基本法案の作業が進められている。
ろう者、特に、手話コミュニケーションの立場から、手話の必要性を述べて、手話に関する記述を入れてもらうために、4月12日~16日に、ベトナム・ハノイへ行って来た。
ハノイろう協会役員に集まっていただいて、ベトナム政府で法案の作業が進められていることを説明して、ヒアリングを行った。
そのヒアリングで得られた情報に基づいて考慮して、ベトナム政府での説明に臨んだ。手話コミュニケーションの立場に不利がないように、説明してお願いしてきた。

『完全な参加と平等』理念を実現させるために、社会参加を促すために手話コミュニケーションを保障すること、そして、サマランカ宣言に則ってろう児が手話での教育を十分に受けられること、それらが実現することによって、ろう児・者も社会の一員として貢献できることを考慮した上、障害者基本法を作らなければならないと話した。

20090413_036ホーチミン廟:毎朝7時に、ホーチミン氏を見ることができるらしい。

20090413_102 20090413_105ハノイろう協会事務所:建設費用は、スウェーデンSHIAが支援
4階建て、1階が会議室、2階が事務室、3階と4階は未使用

20090413_135 20090413_136説明とヒアリング、当夜に10人ほど集まっていただいた。

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2009年3月12日 (木)

3/15:障害者放送協議会 セミナー

差し迫った情報だが、今週末の3/15(日)に、障害者放送協議会主催で開かれることになっている。
皆さん、見に来て下さい。

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障害者放送協議会 セミナー
地上デジタル放送の今後への期待

日時 2009年3月15日(日)午前9時45分から16時30分まで
会場 秋葉原コンベンションホール 2階ホール(JR秋葉原駅徒歩1分)定員300名
   (〒101-0021 千代田区外神田1-18-13 秋葉原ダイビル)
大阪会場 特定非営利活動法人 CS障害者放送統一機構
   (〒530-0044 大阪市北区東天満2-7-12 スターポート
    TEL.06-6242-6501 FAX.06-6242-6502)
   ※東京/大阪 生中継
参加費 無料

お申し込み・お問い合せ 文末の申込用紙に必要事項をご記入のうえ、事務局までお申し込みください。

開催趣旨 2011年7月に予定されている、地上デジタルテレビ放送への完全移行に向けて、障害者を含むすべての利用者が、等しく放送を受信できるために、各分野でさまざまな準備が進められています。
 今回のセミナーでは、情報へのアクセス保障を謳う「障害者権利条約」が2008年5月に発効したことを受け、地上デジタル放送にかかわる行政、産業界、利用者による最新の取り組みを紹介しながら、その現状と課題、今後への期待について検討します。

プログラム
 9:45 開会挨拶
[基調講演]
 9:55 地上デジタル放送の今後に期待するもの
          藤井 克徳(日本障害者協議会 常務理事)
[行政報告]
10:35 地上デジタル放送と視聴覚障害者向け放送を巡る政策・取組等について
          平林 正吉(総務省情報流通行政局情報通信利用促進課長)
[デジタル放送の技術と取り組み]
11:15(1)世界のデジタル放送の取り組みについて ~英国を中心に~
          中村 美子(NHK 放送文化研究所 主任研究員)
11:55 昼休憩
12:55(2)英国のデジタル放送受信機の開発について(ビデオ・プレゼン
テーション)
          リチャード・オーム(英国盲人協会(RNIB)アクセシビリ
ティ部長)
13:25(3)目で聴くテレビと「クローズド手話」放送について
          大嶋 雄三((特)CS放送統一機構 専務理事)

13:55(4)指定発言【大阪会場】

          高田 英一
         (特定非営利活動法人CS障害者放送統一機構理事長)
          岩井 和彦
         (特定非営利活動法人全国視覚障害者情報提供施設協会理事長)

14:15(5)地上デジタル放送受信機の現状と活用例【大阪会場】
       1)開発者の立場から
          谷水 明広
        (三菱電機(株)京都製作所AV機器製造部新規事業開発担当部長)
14:35  2)利用者(視覚障害者)の立場から
         「地デジ受像機のアクセシビリティに注目」
          福井 哲也
        ((福)日本ライトハウス点字情報技術センター編集主幹)
[パネルディスカッション]
15:00 「地上デジタル放送の今後への期待」
      パネリスト(五十音順・敬称略)
       大久保 常明((福)全日本手をつなぐ育成会 常務理事)
       高岡 正 
      ((社)全日本難聴者・中途失聴者団体連合会 理事長)
       南谷 和範 
      ((特)全国視覚障害者情報提供施設協会 情報アクセシビリティ検討委員会外部委員)
       宮本 一郎 ((財)全日本ろうあ連盟 理事)
      コーディネータ:寺島 彰
      (障害者放送協議会放送・通信バリアフリー委員長/浦和大学教授)
16:30 閉会
       ※プログラムは変更することがあります。

参考 秋葉原コンベンションホールアクセス
【JR】秋葉原駅(電気街口)改札口を出て右側より徒歩1分
【地下鉄】東京メトロ銀座線 末広町駅(1・3番出口)より徒歩3分/東京メトロ
日比谷線 秋葉原駅より徒歩4分
【つくばエクスプレス】秋葉原駅(2・3番出口)より徒歩3分

セミナー申込用紙
・お名前
・所属
・ご住所 〒
・E-mail
・電話番号
・ファックス
・希望する会場 東京・大阪
・希望するもの (1)手話通訳 (2)点字プログラム (3)要約筆記 (4)車いすス
ペース
・その他ご要望など
※いただいた個人情報は、個人情報保護法に基づき、この「セミナー」に関する問い合わせおよび統計以外の目的で使用いたしません。

お申し込み・お問い合せ セミナー事務局(日本障害者リハビリテーション協会内)
 TEL.03-5292-7628 FAX.03-5292-7630 E-mail: rehab@dinf.ne.jp
http://www.normanet.ne.jp/~housou/0315/

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2009年3月 2日 (月)

感謝!耳の日記念文化祭

2/28~3/1に、東京都障害者福祉会館を中心に3ヶ所で、当東京都聴覚障害者連盟主催の「第38回耳の日記念文化祭」が開かれ、2日間のべ3000人以上を越す来場があり、盛会のうちに無事に終えることができました。
ご来場下さった皆さん、感謝申し上げます。

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2009年2月26日 (木)

2/28~3/1:耳の日記念文化祭

当東京都聴覚障害者連盟において、3月の恒例行事「耳の日記念文化祭」が、次の通り、行われることになっています。只今、準備仕上げへ向けているところです。
皆さんも是非三田へお越し下さい。
プログラムなどの詳細は、http://www.deaf.to/へ。

第38回耳の日記念文化祭
幸せはみんなで作ろう!未来はみんなのもの!
  ~障害者自立支援法・障害者権利条約~
 日 時:2009年
      2月28日(土)PM12時~PM8時
      3月1日(日) AM10時~PM3時半
 会 場:東京都障害者福祉会館 他
 入場料:500円(2日間通し)

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2009年2月11日 (水)

アジアろう女性を思う

20080228_029 20081210_035 20081231_094


左:バングラデシュ
中:ネパール
右:パキスタン

 昨年2008年の1年間に、発展途上国を回って、特に、バングラデシュ、ネパール、パキスタンで思ったことは、ろう女性に関する運動だ。
 日本もろう女性運動があり、その歴史が長いが、バングラデシュ・ネパール・パキスタンは、日本とは異なる出発点から展開している。
それら地域のろう女性は、かって、家事のみ担い、仕事を持って収入を得ることができなかった。初歩レベルの読み書きや計算ができないことも、人間として甚だしく否定されているようなものであった。
主人の唐突な死だと、収入の稼ぎ手を失ってしまい、親戚や他家族を頼らざるに得なくなる。
ろう女性の自立を推進するために、読み書き・算術と職業技術を習得させる指導プログラムを始めて、最初の受講者が講師とモデルとなって、新たなろう女性を指導している。その繋がりによって、女性部、或いは、ろう女性協会を発足させて、強固な団結力となり、指導活動と自立推進活動の中心となり、現在、ろう協会内の重要な存在となりつつある。
 日本のろう女性は、全日本ろうあ連盟などの全国規模組織の理事・役員に就く方々が少ないが、傘下の区市・支部レベル組織の理事・役員として、ろう運動支援活動のパワフルな中心存在となって活躍されている方々が多いことが事実だ。
そのように、アジア各地も、出発点が異なるが、将来、ろう女性が、ろう者組織を支える重要な役割を担うことが多くなることは間違いないと思う。
 アジアのろう女性の自立発展を実現させるために、力を惜しまず、協力して行きたい。

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2008年12月28日 (日)

第20回世界ろう連盟アジア太平洋地域代表者会議inネパール

12/10~12の3日間に、ネパール・ポカラ市において、『第20回世界ろう連盟アジア太平洋地域代表者会議』が開かれた。
私は、事務局長として、12/7発~12/14帰国で行って来た。

最初、タイ航空バンコク経由で行く予定だったが、スワンナプーム空港閉鎖が続き、飛行機が飛べるかどうかあやふやな状態が続いたため、ルートを変更して、中国国際航空Air China北京・成都・ラサ経由で行くことになり、2日間かかるハードな日程となった。

日本を含む8ヶ国が出席。空港閉鎖などの事情で出席できなくなった国々が多かった。今回の会議で、珍しく、チベット障害者連盟関係者が出席したいと連絡があり、陸路で来る予定だったが、天候不良であいにく来れなくなった。

全日本ろうあ連盟の組織改革が進み、世界ろう連盟も2007年マドリッド大会で組織改革を打ち出している。
アジア太平洋地域事務局も例外なく改革を始めることになった。
全日本ろうあ連盟が、この会議をはじめ事務局運営を、長年、かなり膨大な予算で支援してきたという事実を知った出席者のうちから、「会員制」などの手段により、予算を可能な限り確保できるようにと提案が出され、全員賛成となった。これから、「会員制」へ移行するための作業を始めなければならない。
会議開催が20回を経て、アジア太平洋地域各国の、新たな協力が生まれた。
事務局長として、新たな協力体制を取り組んで行きたいと思っている。

20081210_011ネパールの習慣に則り、開会式の最初に必ず、このように行う。
神様の彫刻の下に、火を灯すことにより、開会を宣言するという意味合いだ。
神聖的で、なかなか関心深く、かけがえのない経験となった。
世界ろう連盟理事長ヨキネン氏も、直後にフィンランドろう協会定期総会が開かれるという多忙なところに、ヘルシンキから駆けて、同席して下さった。ヨキネン氏へ感謝する。

20081210_017 20081210_028会議様子。非常に難しく、事務局長の力量次第だという議題があり、予めヨキネン理事長の助言をいただいた事務局長は、慎重に説明して、出席者全員が納得させて、出席者全員の意見を収束させて、次の課題を明確することができた。

20081211_003毎朝、ホテルの部屋から、このようにアンナプルナの連峰(ヒマラヤ山脈の一部)を仰ぐことができた。神秘な景色を見て感動。その景色を毎日見ているネパールの人達は何と幸せだろうと思った。
山頂の名前が一致していないが、推測で…(笑)。山頂の名前は左から書こう。
http://members.jcom.home.ne.jp/sakatosi/annaprna/annaprna2.htm

左側の連峰
・アンナプルナ・サウス
・アンナプルナNo1

真ん中の尖がり
・マチャプチャレ(魚の尾鰭)

右側の連峰
・アンナプルナNo3

20081211_0532日目の観光で、ペワ湖(ダムのせき止め湖)へ行った時に、出席者全員と一緒に撮った。
事務局長として一番前に真ん中に座った画像を見て、アジア太平洋地域の各国・各地域の団結を強めなければならないと、改めて強く思った。

20081212_0683日目の早朝の、朝焼けツアーに参加した時、ネパール関係者、石野国際部長と一緒にハイチーズ!
アンナプルナの連峰が一瞬に朝焼けを浴びるところが感動的であった。
今までの苦心・苦労が何もかも忘れた思いであった。

会議は、有意義な一歩を残して閉会できた。
会議開催準備に取り組んだネパールろう者・難聴者連盟、ガンダキろう協会、アジア太平洋地域事務局のスタッフ、そして、代表として出席しながらいろいろ支えて下さった石野国際部長と久松本部事務所長へ、感謝申し上げます。

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2008年12月27日 (土)

全国ろうあ青年研究討論会

20081122_049 20081122_05111/22~24に、四国・高知で、「第42回全国ろうあ青年研究討論会」が開かれ、私は、第三分科会「AP地域と青年部」の助言者として出席した。
世界ろう連盟アジア太平洋地域事務局長として、アジア太平洋諸国の問題と現状、そして、各々のろう協会が今必要としていることは何か、それから、参加者の多くは青年部などを通して組織活動を経験していることを何に役立つか、話した。
若者の中から、国内外へ広げて活躍するできる人の輩出が楽しみ!

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スリランカへ

8月の日記からだいぶ経ち、間をおいてしまった。
楽しみにしている方々、ごめんなさい!

10/11夕方~15早朝で、スリランカへ行って来た。
勿論、仕事を長く留守にすることができないので、10月連休を利用して来た。

香港中文大学ろう者手話言語学研究センター(主任:Tang教授)が取り組んでいる『アジア太平洋手話プロジェクト』の、スリランカ側体制について話し合って確認することが目的。
私は、香港中文大学からの依頼で同行した。

20081012_014香港中文大学から、タン先生・ウッドワード先生・他1名の計3名、日本から私のみ。
スリランカ側は、スリランカろう中央協会から4名(左画像の右奥)、ケラニヤ大学から5名(左画像の左側)。

スリランカろう中央協会-ケラニヤ大学の協力体制について確認し、香港中文大学へ留学しているスリランカ学生5名の受け入れ、大学側の雇用に至るまで話し合った。
香港中文大学、スリランカ中央ろう協会、ケラニヤ大学の三者共、いい方向へ進めることができたようだ。

20081015_003こうして、くれたは疲れたまま、コロンボ→シンガポール→成田へと帰った(爆笑)。

スリランカろう中央協会の事務所
20081013_037 20081013_042 20081013_036



20081014_015実は、スリランカは、私が入社して3年目に行った初めての海外旅行先が、スリランカとモルジブであった。
コロンボのタジリホテルで泊まり、そのホテルの前の海沿いの広場で、新年を迎えて大勢が集まり、賑やかだったことを記憶している。
スリランカではタミル人勢の対立で、テロが相次いでいて、街中の検問が非常な厳しさ。コロンボを発つ日の午前に、タクシーに乗って案内してもらったが、何回も検問に止められて、そのうちの1回、私のパスポートも請求された。街中の工場や公園では、2mほどの塀が続き、厳しい雰囲気であった。
20数年前に訪れた時の、自由な雰囲気がどこへ行ったのだろうか。悲しかった。
「戦争・紛争」に直面する経験の一つとなった。

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2008年8月25日 (月)

世界ろう連盟事務局

20080821_002 20080821_003 Global Survey Reportセミナーは、フィンランドろう協会や世界ろう連盟事務局会が入っているVAIKEA TALO(たぶんLight House灯りの家)という建物で行われた。


20080822_029 20080822_026 セミナー・会議の合間に、世界ろう連盟事務局現場を見る機会を得ることができて、いろいろ見学させていただいた。
20080822_033_2 リサ・カウピネン元理事長と一緒に写真を撮ることができて、私自身にとって、一生の宝となった。各地域作業グループの代表者間でも人気があり、左の写真とは別に、個人的に写真を撮っていた。
20080821_018 20080822_053 左の2枚は、中庭。花が一杯さいていて、爽やかな風に吹かれて、快適でした。

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WFD主催Global Survey Report

8/20~22にフィンランド・ヘルシンキで、WFD主催Global Survey Reportが開かれ、世界ろう連盟AP事務局長として、又、全日本ろう連盟「アジアろう友好基金」一員として、出席して来た。
20080822_038 昨年から今年夏へかけて、WFDが、SHIAの助成を得て、世界各地域(6地域+1暫定地域)のろう者人権を調査してまとめたものを発表。
20080820_020今回の出席は、AP地域事務局において今後取り組むべき課題・展望を探るため、そして、「アジアろう友好基金」においてどのような支援・援助を行うべきかを探るためである。
各地域作業グループの代表も出席、支援を行っている国々の方も出席していて、挨拶できて、情報交換を行うことができた。しかし、各地域事務局長が出席していなかったことが残念であった。20080821_009
とにかく、作業グループの各代表の意見などが非常に活発であり、事務局長として非常にいい刺激となった。
更に、リサ・カウピネン元理事長と話し合うことができて、普段話し合うことの機会が少ない、WFD理事長・理事・職員といろいろ話し合うことができたことも有益であった。

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2008年6月16日 (月)

全国大会、お疲れ様!

6月6~8日の全国大会へ参加された方々、お疲れ様でした!
そして、福井の皆さん、お疲れ様でした!

日本中の未踏地の一つが福井県です。
見物機会が少ない中で、福井県の文化歴史を楽しみました(苦笑)。

20080608_006福井駅周辺では、全国植林祭の準備とか、建設工事が続いていましたね。
福井駅舎、AOSSA(手話表現:/逢う/場所/)など、夜になれば建物全体が灯りとなるような建築物が多いのが、なかなか興味深い。歴史的な建築物が多く残っているのもなかなかいい。
20080605_010 20080605_011実は、福井が城下町だったこと、初めて知り、目を丸くしてしまいました(苦笑)。
更に、もう一つ。
福井市の中心が、日本海沿いにあると、ずっと思っていたのです(苦笑)。
いや、違うのですね。一番近い港から車で30分ほど、陸のずっと奥にあること、小松空港からのリムジンバスで来た時、初めて知りました。私自身の脳には、江戸時代の北回船が日本海沿岸に沿って貿易したという概観があって、日本海沿岸の県庁所在地は皆、海の近くにあるのだと、勝手に思い込んでいたのです。
福井に来て、改めて、いろいろ勉強になることが多くありました。

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2008年5月30日 (金)

第56回全国ろうあ者大会 in 福井

Fukuitopre

来週の6月7~8日に、第56回全国ろうあ者大会が、福井市で開催される。
参加される方々の皆さん、福井でお会いしましょう。
この公式ウェブで、福井県の観光名所などの手話が紹介されている。
http://www5.tenawan.ne.jp/roua56th/Deaf56th_CM.html
「東尋坊」「越前」の表現がなかなか興味深い。

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2008年5月22日 (木)

第四回アジア太平洋ろう青年キャンプ

6月22日~27日に、インドネシアで第四回アジア太平洋ろう青年キャンプが開催される。
第一回:マレーシア、第二回:ニュージーランド、第三回:日本(宮崎)に続いて、第四回がインドネシアで開かれる。
Sukabumi22日にジャカルタ南のタマンで集合・説明、23日朝にスカブミへ移動、本格的にキャンプ活動、26日早朝スカブミからジャカルタへ移動、27日は船でプロウスリブへ渡って楽しんだ後、ジャカルタへ戻って夜に閉会式という日程と予定されている。
今回は、参加者の他に、代表の参加枠が設けられ、AP青年部発足に関する検討議論を行って、AP青年部に関する要綱・規定などをまとめることになっている。
更に、世界ろう連盟青年部理事会がこのキャンプで同時に会議が開かれる。会議などが終われば、参加・代表の人達と交流ができるのが特典。
12月のネパールで開催予定のAP地域代表者会議で検討した上、正式な承諾に繋げられるようにしたいものだ。

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2008年5月21日 (水)

アジア初ろう国会議員誕生

アジア、及び、日本のろう者への嬉しいニュース!
ネパールで、国会議員にろう者が選ばれた。
その方は、ラガブ・ビル・ジョシ氏Raghav Bir Joshi。ネパールろう者・難聴者連盟の前理事長であり、アジア太平洋地域事務局の小椋体制の運営委員として活躍された方。
今後、アジアのモデルとなり、活躍してかんばって欲しい。

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2008年5月11日 (日)

国政調査に…

20080408_016 20080408_017 バンコク・国連ESCAPで、4月8~10日の3日間に、『2010年人口と住居調査による障害者のデータ収集促進のための地域ワークショップ』が開催された。

 日本で5年に1回実施される「国勢調査」に関わるもの会議であり、2003年「びわこミレニアムフレームワーク+5」ガイドラインに則って、初めて、国連社会調査部が、アジア太平洋各地域の政府関係者・国勢調査担当者らを召集して開かれた。
Photo 現状では、アジア太平洋各地域の身体障害者人口をより正確に把握されていない。
国勢調査の調査票について、身体障害者人口調査をどう進めるか、国勢調査にどう追加するか、政府関係者・国勢調査担当者らをはじめ、身体障害者団体の代表、国連関係者と一緒になって議論が3日間に行われた。
(写真は、国連提供)
Photo_2 調査票には、いろいろな質問事項が記載され、身体障害者に関する質問事項を沢山入れることが極めて難解。
ワシントン・シティ・グループという身体障害者人口調査の手法に関する検討委員会が長い年月をかけて検討して結果、6つの質問事項をまとめて提案している。
(写真は、国連提供)
質問事項は、ICF(国際生活機能分類)に基づいた表現となっていて、身体的な精神的な障害の有無を聞くという質問ではなく、例えば、聴覚障害に関しては、「音声会話に、生活上、差し支えているか」という機能的な困難を尋ねる表現となっている。高齢者や中途失聴者、身体障害者としての登録をしていない人も答えられるように、質問事項の表現を工夫したということである。
 日本人には、身体障害者という枠の概念を越えて、機能的に困難な人々の統計人口をまとめて、社会的ニーズと置き換えることができる考えられる。日本政府が前向きに導入して欲しいと思っている。
20080410_003

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2008年2月26日 (火)

バングラデシュ 2/26

20080226_004アジア太平洋障害者フォーラムAPDF総会に出席するため、バングラデシュ・ダッカに来ています。
ダッカといえば、昭和30年代以前生まれの方々なら知っている事件で、日本赤軍が日本航空をハイジャックして、ダッカの国際空港で、人質交換の条件として、6名の釈放を求めたという舞台が繰り広げられたもの。
明日から会議です。
今回のAPDFが第三回と数えますが、障害者権利条約が採択されて以来、初めてとなります。
アジア太平洋地域の多くのろう者が希望する声を反映させるために、いろいろ、考えなければならないことが沢山あり、課題も多いです。

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2008年2月24日 (日)

香港中文大学

三重で全通研冬集会が開かれていた時、私は、アジア太平洋地域事務局長として、香港へ行って来た。
用事先は、香港中文大学
Pic1

20080211_002 20080211_003この香港中文大学の、語言学及現代語言系(直訳だと、言語学及び現在言語学系)に、手語及聾人研究中心(手話&ろう者研究センター)というところがある。現在、アジアでは、そのようなセンターを構えているのは、この香港中文大学だけだと思う。
そのセンターで、2006年から始まった「アジア手話言語学&ろう者研修プロジェクト」に関するミーティングが行われた。
アジア太平洋地域事務局として、今後どう関わるかを模索するために出席することが目的の核であり、いろいろ説明を聞きに来た。

香港中文大学は、2001年以来の7年振り。
香港中文大学の最寄駅「大学駅」から見える対岸の景色は、2001年当時、山と民家だけだったが、今は、高層アパートがずらりと立ち並んでいる。
一部はまだ建設中であったが、だいぶ変った景色に驚いた。
更に、大学の傍に、高速道が走り、車がガンガンと飛ばしていたのも驚いた。

20080209_025それから、香港では、ちょうど、旧正月の後半であって、どこでも、人々で一杯だった。
久し振りに香港の街を見に、ちょっと九龍へ出掛けてきた。
高層ビル群が増えている。
買い物客を見ると、昔は日本人だらけだったのに、今は、中国本土人だらけ。だいぶ変ったと感じられた。
20080209_043次に、日本の旧正月は、特に、中華街で盛んに行われる行事であって、夜になると提灯に灯りをつけるというノルタジーな夜景を楽しめる。
本番で、旧正月の景色や雰囲気を楽しむのに初めてであり、いい経験になった。

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2008年2月 2日 (土)

八王子の手話

八王子市から助成金をいただいて、以前から取り組んでいた「八王子の手話」を、印刷発行へ踏み出すことができた。

<参考>
市民企画事業補助金

私自身が、東京都聴覚障害者連盟副理事長と、全日本ろうあ連盟理事に就いて以来、それらの多忙さにより、編集委員会活動から離れて、私のは名ばかりとなった。
編集委員会の方々が努力して、昨年12月の35周年記念大会で発行することができ、長い間の八王子市聴覚障害者協会の夢を実現させることができた。

委員が営業ウーマン如く、宣伝活動にかんばって、かなり、新聞や多くの雑誌に取り上げられ、未だに取材が続いている。
私が予想もしなかった展開だが、委員のかんばりがあったからこそ、成果の形が出て来たわけであり、賞賛したい。

<読売新聞>
Ps80115a八王子の手話ガイド刊行 公共施設など表現統一 聴覚障害者協会=多摩

<八王子市>
「平成19年度市民企画事業補助金」補助金交付事業 一覧、審査結果のまとめ
事業実施部門の37番「「八王子の手話」ガイドブック(八王子市聴覚障害者協会)」

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2008年1月29日 (火)

ペプシCMにろう者登場

Bobsペプシコーラのコマーシャルに、ろう者が登場。
ASL(米国手話)&英語版であるので、たぶん、日本では放映されないかもしれません。
内容は、「ボブさんの家(原題:Bob's house)」で、世界中のろう者なら知っている有名なデフジョークの一つを映像化したもの。

http://www.pepsi.com/bobshouse/

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2007年11月 1日 (木)

JICAろう者リーダー研修

JICA大阪国際研修所で、10月上旬から、ろう者リーダー研修プログラムが始まっている。
全日連理事になってから、国際手話通訳活動から離れた。
講師の為、このJICA大阪研修所へ訪れた。
20071022_0552年ぶりで、この建物(左画像)を見た時、本当に懐かしかった。
宮本自身の国際活動の原点の一つが、このJICA大阪国際研修所であり、いろいろお世話になった。


20071022_050今回の研修生は、南米から2名、アフリカから1名、中央アジアから1名、アジアから5名、計9名。
講義2時間だけだが、いろいろな意見や質問が多く出されて、本当に充実できた。

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2007年7月14日 (土)

第15回世界ろう者会議 -7/13編-

Parainiciohomeスペイン・マドリッド市で『第15回世界ろう者会議』が開かれている。
<参考>
http://www.wfdcongress.org/eng/version_text.php

私は、先発組として、7/12にマドリッドに着いて、昨日、7/13にWFD評議員会ワークショップへ出て来た。
私はオブサーバーであるため、日本の代表評議員2人とは別に、オブサーバー席から見る。
経緯と報告、組織構造改革、規則見直しの話が出され、主に、組織の見直しが中心であった。

20070712_044 20070712_045左:IFEAMの入口の中(熊に歓迎されている)
右:(南ゲートの)入り口から、北ゲートの上の会場へ行く途中。

終了後、マドリッドはまだ明るいので、スペイン広場へ出かけて、王宮を回って、ソル広場まで歩いた。
夜9時半過ぎに日が暮れたが、夜10時過ぎまでまだ明るかった。
昼間の日射が強烈、冷房の利いた部屋から外へ出ると熱い空気に包まってしまったようなもので、マドリッドは本当に暑い。だが、幸いに日本みたいに、湿気があまりない。

20070712_051道を歩いたら、世界ろう者会議の旗が出されていた。
おぉ、感動!

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2007年6月 7日 (木)

第55回全国ろうあ者大会 お疲れ様!

20070531_0106月3日、高松市・県民ホールにおいて、第55回全国ろうあ者大会は盛大のうちに無事に終了された。
参加された皆さん、どうもお疲れ様でした。
参加者は、実行委員会・要員をあわせて、2000名を越していると伺っている。

20070531_051理事として、初めての大会であり、緊張の中でいろいろな仕事をさせていただき、学ぶことが沢山あった。
運動から退いた先輩の方々がお見えになり、多くの友人知人も来て下さり、励ましの言葉を沢山いただいた。
この1年間は、労働対策部付の傍らに、主に総務省での委員会や交渉、そして、海外へと、いろいろ勉強を沢山させていただいた。全日本ろうあ連盟として新しく取り組まなければならないと思われる課題も、私なりに見つけて一部の整理ができたと思っている。
元理事の先輩や、友人知人、そして、仲間のお陰で、いろいろ、取り組んで整理できたことであるので、私一人の財産でなく、皆さんの財産であると思っている。

20070531_063今回は、障害者自立支援法と、国連障害者権利条約に、注目が集まったようだ。
私は、後者の、国連障害者権利条約関連の分科会に出て、パネラー達の話を聞いた。
障害者権利条約の特徴などのキーワードを学ぶことができた。
昨年12月に国連総会で採択され、今年の3月頃に批准締結が80ヶ国以上を上回り、日本の各省・官公庁が翻訳や照合などの作業を進めているところで、批准がまだ行われていない。
採択以来、半年経っていて、当全日本ろうあ連盟では、様々な取り組みの中に「障害者権利条約」を盛りいれている。しかし、講演者は、JDF及び他の障害者団体がどう動いているか、その話をしておらず、見えていないのが、第一印象であった。

20070531_007高松は、35年振りであるが、栗林公園や金比羅以外の記憶が全くない。
羽田から飛び立った飛行機が、瀬戸内海側から入って、窓の下を眺めると、まず思ったことは、左画像のように、溜池の多さだった。
着陸までに溜池を数えていたら、眠ってしまうかもしれない(笑)。
溜池は、大小様々だが、田んぼや畑よりやや高いところが多かった。山谷の溜池も結構あった。

20070531_086 20070531_093 20070531_09035年前の帰りは、確かに夜行のフェリーに乗ったと思う。
今回は、電車で瀬戸大橋を渡ることにした。
新しく改築されたJR四国・高松駅から、マリンライナーに乗り、坂出から瀬戸大橋を渡る。
瀬戸内海を電車で渡ることが、生まれて初めてだ。
高いところからの海の展望がなかなか快適であるように、電車窓からの展望も、なかなか快適でよかった!
だが、10分位かな、あっけなく、瀬戸内海を渡りきってしまったのだ。
もっとゆっくりと走れば、或いは、瀬戸大橋の途中でホームを設ければ、瀬戸内海の景色を楽しめるだろうと思った。

20070531_088皆さん、お疲れ様でした。
そして、来年の福井大会でお会いしましょう。

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2007年5月31日 (木)

第55回全国ろうあ者大会

Title_1
今、第55回全国ろうあ者大会出席の為、高松に来ています。
昨年に、理事に当選されて以来、初めての全国の仕事。
評議員時代とは違い、資料が多く、議論確認の要件もかなり多い。
自分の担当の話、或いは、関係のある話が出ると、緊張感が過ぎる。

明日の午前から明後日の午前までの評議員会、この長い時間に熱心に議論検討をして下さる評議員の皆さん、明日にお会いできることを楽しみにしています。
皆さんと建設的な議論ができることを祈ってやみません。

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2007年4月29日 (日)

小松博氏

昨日4月28日に、神戸市へ出かけて、小松博氏の偲ぶ会に出席してきた。
ニューオータニ神戸ハーバーランドというホテルで、200名前後集まったようだ。

20070428_019去る4月8日に唐突な死で、あの世から戻らぬ人となった。
兵庫県洲本市(淡路島)に、(社)兵庫県聴覚障害者協会・淡路ふくろうの郷の建設に、大きな原動力となって活躍された方だ。

20070428_012 20070428_014ふくろうの郷入所者も出席された(左)。
生前の小松博氏活躍さの10分間ビデオが披露された(右)。
特に、阪神大地震の救済に駆け回り、ふくろうの郷建設につなげた。

小松博氏は、ユニークな個性的な方。
期待できる若者を見抜いて育てるという腕前の定評が大きいことが知られている。
現在の、兵庫県聴覚障害者協会をはじめ関連団体、そして、全日本ろうあ連盟関係に及んでいる。
小松博氏に育てられた若者達は、しっかりと引き継いで、兵庫県聴覚障害者協会を担っていくことを、私は信じている。

20070428_001阪神大地震後12年になる神戸は、今、他の都市と変わりない。




20070428_031帰りの新幹線の中で、小松博氏との出会い、議論口論、全日ろう連、いろいろな記憶が、脳裏に鮮やかに甦ってきた。
夜空の果へ新幹線が進むのを眺めていると、暗中模索さながら諦めず進んだ小松博氏を重なっているようにみえた。

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2007年3月18日 (日)

世界ろう者会議 - 基調講演者編 -

7月12日から始まる第15回世界ろう者会議inマドリッドの基調講演予定者が決まったそうだ。

EXPERTS ON THE SUMMIT
http://www.wfdcongress.org/eng/version_text.php?categoria=_Experts_on_the_Summit

Antiiraike上記紹介ページを見て、興味が沸いたのは、技術アクセシビリティ分野の基調講演予定の、ヘルシンキ芸術大学研究員Antti Raike氏。
芸術博士号を持ち、現在、映像関係の研究をやっているそうだ。
インターネットで検索したら、何と、日本語版も出ていて、驚かされた。
早速紹介しよう。

Elokuvantaju_logo_oikeaシネマセンス
http://elokuvantaju.uiah.fi/nihon_go/hyooshi.jsp

いろいろクリックしていると、結構面白そうだ。
Raike氏を含む3人がユニークなポーズで撮影されたものがあるので、そのURLを載せよう。
3人の真ん中の男がRaike氏。
http://elokuvantaju.uiah.fi/nihon_go/kyooryokusha/timo_antti_karri.jsp

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2007年3月 3日 (土)

道路交通法改正

20070303_010昨日3/2に閣議で道路交通法案が決定され、これから、国会へ提議されると、ニュースが流れた。
「10mの距離でクラクションの音が聞こえる」要件をクリアできなかった聴覚障害者も運転免許が取れるようになるというものだ。
だが、次の、新たな条件がつけられている。

・聴覚障害者マークの表示義務
・ワイドミラーの装着

上記条件について、歓迎しない聴覚障害者が大勢いる。
更に、根拠なき策定であることの疑問が残されている。

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2007年2月18日 (日)

2/25:『迂路』上映会

UloOhdate_2_1




当八王子市聴覚障害者協会では、たましろの郷支援チャリティー企画として『迂路』上映会を行います。
当日販売も行います。
収益金は「たましろの郷」へ寄付します。
見たい方、予定が入っていない方、見に来て下さい。
皆さん、八王子へお越し下さい。

日時:平成19年2月25日(日)

場所:八王子市芸術文化会館(いちょうホール【大ホール】
    http://www.hachiojibunka.or.jp/icho/top.htm
    JR八王子駅北口から徒歩13分
TopIchou_map_top


主催:八王子市聴覚障害者協会

上映時間:
    第1回目 午前10時30分
    第2回目 午後1時
    第3回目 午後3時30分
     開場は30分前

入場券:1,000円(小学生以上)
    当日販売あり(1時間前から始めます)

内容:約2時間予定
    たましろの郷の説明 
    大舘氏の挨拶
    上映「迂路」

お問い合わせ&申込先:
    八王子市聴覚障害者協会 FAX:042-628-2181
    ビラはこちら http://hw001.gate01.com/nobrin/hachioji.pdf

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2007年2月13日 (火)

ミャンマーへ行ってきました

JICA依頼により、標準手話に関する調査のため、ミャンマーへ行って来ました。
ミャンマーは、現在、軍事政権。
写真撮影限定や、秘密警察の暗躍、などなどの、現在、民主的で平和な日本で暮らす私達の感覚では考えられないような話をよく聞かされていた。それらは偏見かどうか、確認できる術がないので、悪しからず。

訪問は、ヤンゴン、ネピドー、マンダレーの三ヶ所。

ヤンゴン:メアリー・チャップマンろう学校、ヤンゴンろう協会
ネピドー:社会福祉省への正式表敬
マンダレー:国立マンダレーろう学校、マンダレーろう青年センター

20070202_174 シュエダゴォンパゴダ
高さが100mほどあるという、黄金塔は、ライトアップされて、まばゆい。


20070202_075ヤンゴンの宿泊先トレーダーズホテルの19階部屋窓から西方面眺めた景色。英国領時代に建てられたそうだ。
向こうに見えるのは、エーヤワディー川。



20070208_005 20070203_024ミャンマーでは、写真撮影禁止があるとか、秘密警察の暗躍とか、いろいろな要注意情報が入っていたので、気ままに撮影できなかった。
数少ない画像のうちから2枚を。
左は、ヤンゴンで一番賑やかな大きな交差点。さくらビル前。ロンジーという衣装が一般的だ。
右は、路線バスの一つ。日本から輸入した中古バスを、街中を走らせている。日本に来たかと錯覚してしまいそうだ。

20070208_017JICAミャンマー事務所で、全日程の報告を終えた後、外へ出たら、夕焼けに染まった空。
業務を終えたことの実感に浸される一時であった。



ミャンマーの課題は多い。
軍事政権であり、全ての任意団体は政府管理下におかなければならず、結成発足は簡単にできない。
テレビ・電話・PCが普及されたいない一般国民に対して、ろう者・手話に対する理解をどう捗っていくか、日本とは違った手段が必要になってくる。

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2007年1月22日 (月)

1/20-21:関東ろう連盟幹部研修会

先週末(1/20-21)に、「関東ろう連盟第33回幹部研修会」出席の為、群馬県・磯辺温泉へ行って来た。
出席された方々、お疲れ様でした。

20070112_056会場は、ホテル磯辺ガーデン。
「舌切り雀」伝説の展示があるのが、興味深かった。
又、久し振りに温泉を楽しんで来れたこともよかった。
遠方には、雪一色の浅間山、そして、妙義山が眺められて、気分爽快でした。

ホテル磯部ガーデン
http://www.isobesuzume.co.jp/

20070112_064ホテル内には、雛壇が飾られて、3月間近なムード。

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2006年12月17日 (日)

12/16:東京都聴覚障害者連盟卓球部30周年記念パーティ

20061217_015 12月16日夜に、立川市・パレスホテルで、「東京都聴覚障害者連盟卓球部30周年記念パーティ」へ、都連盟関係者として行って来た。
 東京都ろう者協会と全東京ろう連盟との合併より、一足先に、各傘下の卓球部が1976年に合併されて、翌年の1977年に最初の卓球大会が開かれて、今年で30周年を迎えたという。
過去の13連勝、そして、デフリンピック出場選手の輩出、様々な輝かしい実績が残されていること、又、合併前も含めて40年以上引き継がれていることを称えたい。
 左画像は、10連勝当時の選手が揃ったのを撮ったもの。

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2006年12月16日 (土)

アジア太平洋地域代表者会議 in マカオ

20061205_021先週の12/3-6にマカオへ行ったのは、世界ろう連盟アジア太平洋地域代表者会議へ、オブサーバとして出席するため。
出席は、代表者が14ヶ国、講演報告が3団体。
重要と思われたのは、次の3点であった。

世界ろう連盟理事長マーク・ヨキネン氏
  「『障害者権利条約』の取り組み経緯」
世界手話通訳者協会アジア太平洋地域事務局長・市川恵子氏
  「世界手話通訳者協会アジア太平洋地域の今後の取り組み」
アジア太平洋障害者センター所長カニッタ・カモルワット氏
  「アジア太平洋障害者センターの報告・今後課題」

ヨキネン氏は、この間に採決されたばかりの「障害者権利条約」の取り組み経緯・今後予定、読み方、要点を話された。
市川氏は、発足したばかり世界手話通訳者協会アジア太平洋地域の構成、運営、会員の定義・位置づけなどの話。
カモルワット氏は、アジア太平洋障害者センターの紹介報告をした後、聴覚障害者に対してどのように取り組んで行くか、まだメドが立っていないという話でした。

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2006年11月26日 (日)

12/3:第53回東京都聴覚障害者大会

当東京都聴覚障害者連盟の恒例行事の、「第53回東京都聴覚障害者大会」が、来る12月3日(日)に開かれる予定だ。
開催地の荒川区の方々は、最終仕上げに突進中だ。
私が副理事長になって、初めての都大会であり、記念すべき大会だ(笑)。

日時:12月3日午後11時半開場・午後12時半開会
場所:サンパール荒川 

東京都聴覚障害者連盟公式ウェブで、既に、チケット販売終了と、通知が出ている。
荒川区の会場の収容人数が1000人余りであるためだ。

12月3日の大会でお会いしましょう!

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2006年11月23日 (木)

12/16:マーカス・アロさん講演会

Img_markusaro ろう・難聴教育研究会が、次の案内通り、マーカス・アロさん(左画像)を迎えて講演会を開く予定だそうだ。

マーカス・アロさんは、フィンランドでいろいろな分野で活躍されている若手ホープの一人だ。
アロさんとは、1999年の世界ろう者会議ブリスベン大会で、英国の友人に紹介していただき、知り合いとなった。当時21歳であり、何もかも関心旺盛な青年であり、日本に対して大いに興味を示して、いろいろ尋ねていたことをよく覚えている。
又、国際手話通訳の仲間として、顔を会わすことも多く、世界のどっかで必ずお会いしている。
今夏のベルリンでの国際ろう史研究会で、アロさんは、展示の付き添いで来ていた。
アロさんの活躍さ振りを、いくつか紹介しよう。
手話通訳派遣事業の委託・運営の仕事についているそうだ。
VIPARO
http://www.viparo.fi/index.php?sivu=henkilosto

EUDの公式ウェブでフィンランド手話解説として出ている。
フィンランド手話の読み取りに挑戦してみてはいかがでしょうか。

EUD
EUDeaf 2003
http://www.eudeaf2003.org/svk/index.html

 -----(案内)-----
講演会&談話会のお知らせ(ろう・難聴教育研究会)

フィンランドのろう者が語る
フィンランドのろう教育とその周辺

マーカス(Markus Aro)氏は、フィンランドのヘルシンキ市に住んでいます。通訳者養成・派遣事業やろう者の自主的活動を支えるなど様々な社会的活動を長年(創設から100年以上の歴史を持つ)続けているヘルシンキのデフクラブに所属し活動しています。デフファミリー育ちの一市民であるマーカス氏から、経験にもとづくヘルシンキのろう教育を語ってもらいます。さらに、ろう者の就職の現実やろう学校教師への手話指導の実態、人工内耳の普及にまつわる話など、我々も共有している問題をマーカス氏と共に語り合いたいと思います。興味ある方々の参加をお待ちしています。
※講演は国際手話及びASLを使って行いますので、日本の手話及び音声への通訳を準備します。

【1】日時:12月16日(土)午後1:20?4:20
講演及び質疑応答(約1時間45分)、談話会(約1時間)

【2】会場:板橋区立グリーンホール(504会議室) 板橋区栄町36-1
東武東上線「大山」駅下車徒歩5分
都営三田線「板橋区役所前」駅下車徒歩5分

【3】参加費
ろう・難聴教育研究会会員500円 非会員1000円

【4】参加申込
「氏名・所属・連絡先」を明記して、下記担当まで必ずお送り下さい。
電子メール:arai@a.tsukuba-tech.ac.jp(新井)
FAX(ファックス):029-858-9399(新井)
(注)会場準備の都合上、事前申込で50名に達した場合は、当日の受付は行いません。
 -----(ここまで)-----

<参考>
案内
http://www.deaf.or.jp/tc/061216Markus.pdf
ろう・難聴教育研究会
http://www.deaf.or.jp/tc/

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2006年9月14日 (木)

10/15:公開シンポジウム:運転に聴力は必要ですか?!

全日本ろうあ連盟から、車免許に関する案内が出されています。

「公開シンポジウム:運転に聴力は必要ですか?!~欠格条項見直しと運転免許~」
日時:10月15日(日) 午後1時半~5時
場所:日本財団ビル

今年4月から、ワイドミラー装着などの条件に、聞こえない人の普通免許取得を認めるという方針が出された。
それは、補聴器が使えず「全聾」の人も、先述の条件つきで、取得できるということだ。

昨年度に実施されたアンケート調査では、1475人の回答が集まって、その調査報告も話される予定になっている。

誰でも傍聴可能だが、事前申込が必要。
詳細は、次のURLへ。申込先が記されてあります。
http://www.jfd.or.jp/info/2006/20061015-unmen.pdf

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2006年9月 1日 (金)

ドイツの手話通訳付番組

しばらく置きっぱなしになったが、ベルリンでの、ホテルのテレビで、手話通訳付ニュースを見た。
ゆっくりとテレビを見るほどの余裕がなく、チャンネルなどの確認をしていなかったこと、お許し下さい。

20060802_004 20060802_028 左は夜、右は朝。
左は生放送のようで、右は録画に手話通訳を添えたというものだった。
右は、大きく出している。その点を、感心した。

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2006年8月30日 (水)

城東地区聴覚障害者団体懇談会

20060827_004 20060827_007去る8月27日、8月の最後の日曜日に、城東地区聴覚障害者団体懇談会第100回開催を祝う会へ行って来た。
20年以上前から始まり、今は年4回で研修会を開いているそうだ。
知らない方々の為に、簡単な説明を…。
まず城東地区とは、東京都23区のうちの東部の7区をまとめて、「城東地区」と呼んでいる。
他は、城南地区、城北地区、それから、市部は三多摩地区としている。

そして、記念講演は、元全日ろう連盟理事の高田英一氏。
一活動家の思い出というタイトルで、話された。
協会活動に関わって39年間至ったそうだ。
ろう運動と社会情勢の変化の話に、大変興味が深かった。

代表と実行委員長、お疲れ様でした。

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2006年8月24日 (木)

10/9:世界会議の想い出を語る集い

1991年の夏の日に東京で、世界ろう連盟主催『世界ろう者会議』が開かれた。
アジアで初の会合であって、且つ、国内初の大規模行事であって、国内の多くのろう者に注目されていた。
参加チケットが売り切れとなったことも覚えている。
当時、私は、八王子から芝浦へ社内とらばーゆ(古いかな)した年であり、ちょうど参加しやすかった(笑)。
海外から1000名、国内から6000名、合計7000名を越して、世界ろう連盟の歴史上、最大な規模であり、伝説の一つとなっている。
取り計らいも、世界ろう者会議史上最高であったという評判良さも伝説の一つになってるらしい。

あの夏の日から15年経った今、次の行事を開こうとしている。

 -----( 案 内 )-----
第11回世界ろう者会議から15年  世界会議の想い出を語る集い
と き 平成18年10月9日
ところ 東京厚生年金会館
内 容 第一部 トークショー 10時~11時45分
     第二部 レセプション 13時~15時
会 費 第一部のみ:2千円  第二部のみ:7千円  両方出席:8千円
問合せ 及川 FAX:03-5845-8570   渡部 TEL:03-3876-0218

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2006年8月15日 (火)

ユダヤろう児・生徒の行方

20060804_045左画像は、DHI2006展示会場で展示されていた「ユダヤの行方」。
ベルリン・ユダヤろう学校の児童生徒の行方の一覧だ。
Auschwitzという綴り、つまり、アウシュビッツというドイツ語表記が多く見つかるはず。
つまり、アウシュビッツで死なれたろう児・生徒・者もいるというわけだ。

DHI2006で、収容所へ送られ、無事に生還できたろう者の話を聞くことができた。
彼の話は次のようなもの。

ろう者であることを言わず、黙って働いた。
酷使され、栄養不良の食事の日々。
自分は、長く、鏡を見ることも、きれいな水面を見ることもなかった。
ソ連軍の到着で解放された。
栄養補給と治療を受けるために入った時、久し振りに鏡を見掛けた。
そこに映ったものは、骸骨のような、あばら骨丸出し、膨らんだ腹、細い手足、奇妙な姿だった。
最初、それが自分の姿とは思わなかったという。
後に誰もいなく、初めて、それが自分の姿だとショックを受けた。

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2006年8月14日 (月)

ベルリン・ユダヤろう学校

昨日の日記に載せた ITA:Israelitischen Taubstummen-Anstalt(ドイツ語表記)を、研究会最終日に、見学に行く機会があった。
何枚かの写真を載せよう。
ITA:Israelitischen Taubstummen-Anstaltを直訳すると、イスラエルろうあ学校(寄宿付)となる。
この直訳ではイスラエルのろう学校かと間違えられるので、ここでは、「ベルリン・ユダヤろう学校」とする。

20060804_053 20060804_072赤いレンガ部分が、元ベルリンユダヤろう学校の校舎。
エレベーターなどが増築されている。



20060804_057この学校は、現在、知的障害児の学校となっている。
赤いレンガ部分の校舎のレイアウトは、当時と同じ。


20060804_054 20060804_055正門の近くに、碑が残されている。
147名の児童生徒がホロコストの犠牲となったことが書かれてある。

20060804_059 20060804_062Israel Savirさんが、当時のろう学校様子を説明。参加者は皆、熱心に聞いた。
当日は、雨が時々降っていた。

20060804_065Israel Savirさんの語った記憶で、左画像の校内に植えられた木々は当時と同じ位置だと説明。
当時の校内は広く、200mほどの幅があったという。現在、幅が70m位。
当時の校舎は、上から見ればU型。残された赤いレンガの部分は、Uの底の部分。
校内で、夏の雨直後に、外の水溜りで、顔を洗ったり体を洗ったりすることがあったという。
冬になれば校内に水を撒いておいて、翌日に凍って、スケートを楽しんだこともあったという。

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2006年8月13日 (日)

ナチ時代のドイツ・ろう者はどうなった?

ナチ時代のドイツ・ろう者は何をされたかを書こうと思う。
ユダヤろう児・者の多くはホロコストの犠牲になり、非ユダヤろう児・者は断種の対象となった。
デフファミリなどの遺伝性障害を断ち切ろうと、ドイツ憲法に「断種」に加えられた。
その後、特にろう学校の児童・生徒が、先生に推奨されるままに、避妊手術を受けたそうだ。
推奨したろう教師には、終戦後、自分の過ちに気づき、恥ずかしくなり、行方不明になった方々もいるとのこと。

20060804_043 左の絵を見ればわかるかもしれない。
ろう学校が通う子供達が、成人男性の説明を受けているところだ。
左から順番に、ユダヤ人蔑視、ナチ党支持、障害者マークの着用義務、手話禁止、避妊手術となっているのだ。

ナチの「断種」は、ろう者の人権が剥奪されたものだ。

ナチ時代のドイツでは、ユダヤろう児・者だけではなく、非ユダヤろう児・者の多くが犠牲になったのだ。
ドイツろう者と断種に関わる本がないが、障害者と断種との関係なら、次の和訳版が出ているので、読むと、一部理解できると思う。
4768466877 ナチスドイツと障害者「安楽死」計画
ヒュー・グレゴリー ギャラファー
長瀬修訳
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4768466877/503-6600839-2605547?v=glance&n=465392

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ベルリンで印象に残った方々

国際ろう史研究会DHI2006の期間を通して印象に残った方々は、ユダヤ人をはじめ、多くいる。
今回に載せるのは、次の方々。
ユダヤ人の写真が少ないとは、理由がある。
発表会場で、写真撮影をしないことの誓約書を、参加者に書いて出してもらったらしい。
私は、通訳として行ったので、そういう書類のサインをされなかったけど、日本から参加2人がしぶしぶとサインを書いたのだ。
ということで、念の為、通訳の私も撮らないことにしたので、ユダヤ人を撮ったものは、発表会場以外で撮ったのだ。

20060731_036 ドイツろう者のJochen Muhs氏。2003年~2006年DHI理事の一人。
7/31に、ブランデンブルグ門、ベルリンの壁、ドイツ連邦議会議事堂近くの殺掠された政治家の記念碑、欧州ホロコスト犠牲者のための記念碑、ポツダム広場の手話ガイドを務めた方。

20060731_033 イスラエル出身、ドイツへ移民した女性の方。(名前は失念 笑)
ユダヤ博物館の職員であり、手話ガイドを務めている。
ユダヤ人の文化・食生活習慣、そして、ホロコスト、博物館設計の意味を語ってくれる。

20060804_061 そして、左の方は、ドイツ出身、イスラエルへ移民したろう者。イスラエル・サビル氏(たぶん)Israel Savir。
ベルリン・ユダヤろう学校ITA*出身。デフファミリ。
両親が先にイスラエルへ逃げた。イスラエル・サビルを引き取る為に、祖父と父がベルリンへ戻ったが、ナチに捕られて死なれてしまったそうだ。
元ITA*のガイドを担った。

* ITA:(ドイツ語)Israelitischen Taubstummen-Anstalt

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2006年8月10日 (木)

<読売新聞>「ドン」が聞こえなかった ヒロシマろう者の記憶

読売新聞オンラインに、広島原爆のろう者の語りを載せている。
本来なら、全文引用は、著作権に触れてしまうが、新聞紙オンラインの掲載記事はいつまで閲覧できるか、私には知らないので、一応、全文コピーした(笑)。

昨年の夏に、長崎平和祈念式典で、被爆者の代表として、山崎さんが堂々と手話で語った。
そのように、被爆、或いは、目撃したろう者の語りを風化してはならない。
戦時のろう者はどう暮らしたか、戦災に巻き込まれたろう者はどうしたか、その語りも無視してはならない。

 -----(引用)-----
読売新聞ズームアップ・ウィークリー
「ドン」が聞こえなかった ヒロシマろう者の記憶
http://www.yomiuri.co.jp/zoomup/zo_06080201.htm?from=os1


 また、あの日が近づいて来る。61年前の8月6日、史上初めてヒロシマに投下さ れた原子爆弾は、瞬時に新兵器の威力と悲惨さを世界に広めた。しかしその時、「ド ン」が聞こえず、終戦後も情報から遮断されて、長い間、原爆とは何かを理解できな かった人たちがいた。被爆ろう者たちだ。正確な実態は把握されていないが、県立広 島ろう学校の卒業生らの調べでは、総数は125人に上る。沈黙の光景ゆえに一層、 鮮明に刻まれた記憶。手話通訳者の仲川文江さんとともに、存命の9人を訪ね歩い た。「いま話さないと、もう機会はない」。そのうち6人が、当初は重かった手を雄 弁に動かしてくれた。
(カメラとペン 尾崎孝)

「放射能」手話になく 吉上巌さん(72)
 爆心から約45キロ離れた疎開先の吉田町(現安芸高田市)で農作業中、せん光と キノコ雲を目撃した。迎えに来た姉に連れられて8月12日に広島市に入り、被爆。 投下時、市内にいた父母や姉ら家族は戦後、次々と死んだ。全身に紫の斑点を浮かび 上がらせて……。そのうち自分もと思ったが、生き永らえた。

 大惨事の元凶が新型爆弾なのは早い時期に知ったが、当時、手話には「放射能」を 説明する言葉がなく、実態を漠然と理解できたのは、かなり後のことだった。

 何がそうさせたのかも知らず、無念のうちに被爆死したろう者を慰霊する「原爆死 没ろう者を偲(しの)ぶ碑」を県立広島ろう学校(広島市中区)の校庭に建立したの は、3年前の8月。毎年8月6日に卒業生らと碑の前に集まり、めい福を祈る。

 同じ場所で、子どもたちに記憶をひもとくことがある。そばには移植された被爆ア オギリ。青々とした葉が、こちらも静けさのうちに、命の尊さを語りかける=先月1 4日撮影(左手前から2人目が吉上さん)。


友人捜し回り被爆 山岡猛志さん(85)

 大竹市でキノコ雲を目撃。地響きも感じた。8月9日に広島市に入り、自転車で行 方不明の友人を捜し回るうちに被爆。長期間にわたり髪が束になって抜けたが、回復 した。かつてはマラソンが得意、今は愛犬と散歩の日々。妻や友人に先立たれ寂しい が、「今でも元気だよ。ほら」と腹筋運動をした=昨年9月18日撮影。

校庭に白骨の山 岡本祐輔さん(76)

 疎開先の吉田町で、教師から新型爆弾が落とされたと聞かされたが、理解できなか った。8月17日、教師に引率されて国民服の配給のため広島市に入り、被爆した。 遠足で絵の展覧会を見に行った産業奨励館(原爆ドーム)の屋根が骨組みだけにな り、学校の校庭にうずたかく犠牲者の白骨が積まれていたのが、まぶたに焼き付いて いる。理容店を営んでいたこともあり顔が広い。自宅には訪問者を知らせるためのラ イトがあった=一昨年2月7日撮影。

体内にまだガラス 村田ヨシエさん(78)

 広島市西区の自宅で、かまどに火を入れて食事の支度中に被爆した。母に助け出さ れた時、見渡す限りの火事が自分のかまどの火の不始末のせいだと思いこみ、驚い た。逃げまどううちに黒い雨が降ってきた。灰や雨が、一番のお気に入りだった白地 に赤いしま模様のブラウスにしみを作って、悲しかった。

 刺さったガラスは体内に残ったまま。髪は4分の1ほど抜け、下痢は冬まで続い た。今でも、夏には体全体に力が入らない事があり、これが原爆症なのかと思う。

 戦後、プロテスタントに入信。日曜礼拝に足を運ぶ。かつて自宅があった路上で、 よみがえった確かな記憶に手をたたいて喜んだ。「思い出せた、思い出せた」=一昨 年11月14日撮影。

勤めに出た兄が骨に 伊藤黎子さん(79)

 自宅の茶の間で、青白いせん光とキノコ雲を目撃した。全壊した家の下敷きになっ た母は重傷。額は裂け、姉の背中で血を吐き続けた。勤めに出ていた兄は、骨となっ て見つかった。近所の人が作ってくれたバラックに避難し、畑の野菜を煮て食べた が、全員激しい下痢に襲われた。10年後、健康を取り戻した母と姉で東京へ引っ越 し、女3人で仲良く暮らしてきた。

 ときどき、頼まれて被爆体験の語り部をする。そのたびに、絵でしか残っていない 兄の面影が胸をよぎる=今年4月12日撮影。


壁に押しつけられた 高夫勝己さん(75)

 広島市東区の宅付近で子犬と遊んでいたら、いきなり10メートルほど吹き飛ばさ れ、壁に押しつけられて気絶した。気付くと、防火水槽に何人もが頭を突っ込んで死 んでいた。つぶれた顔から目玉が飛び出している。

 戦後、被爆者手帳をもらったが、あの地獄絵が特殊な爆弾によるものだとは、19 55年に作られた広島平和記念資料館で悲惨な実態の説明を受けるまで知らなかった。

 そんなことを話しながら、かつての被爆地まで歩いて行った。建物の壁を見ると、 ぐっと顔を押しつけた。あの時と同じように=昨年2月18日撮影。

(2006年8月2日 読売新聞)

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ホロコスト:生死の分かれ道

 DHI2006の発表会場で、ホロコストの生き残りの証人のユダヤ系の方々の話を聞く機会があった。
彼らの話を聞いて、本当に心が痛んだ。
自分の命より、特に、別れて去る友人知人を思う「心の傷」が計り知れぬものだ。

<アムステルダム在住の80代のユダヤ系ろう女性の話>
 暗く狭い貨物車の中で長く長く揺られて、そして、名前知らぬ駅ホームに降り立った。どこの駅なのか、どこの畑なのか、どこの森なのか、教えてくれなかった。
降り立ったホームが生死の分かれ道であるとは、全員、思ってもいなかった。
ろう女性は「ろうあ」という意味の単語のゼッケンを胸一杯につけられていた。
左右に分かれる時、 母からゼッケンを取って捨てろうと急かされ、嫌々しながら剥がして捨てた。
左に並び、家族を一緒だ、バラバラにならなくて済んだ。
右に並んだ人々のうちに、同じゼッケンをつけた人を見つけた。
このゼッケンを剥がして捨ててと身振りを伝えようとしたが、向こうは、ありがとうという投げキスばかりしていた。
顔を前へ振り向くまで、投げキスを続けた。こっちは、力を振り絞って手を振った。
向こうが前向くと、行列の進む方向へ去った。
それが二度と会えることがなかった。

<ベルリン・ユダヤろう学校>
20060802_001 この写真は、第二次大戦当時のベルリン市内のろう学校4校のうちの、唯一のユダヤ学校へ通う子供達。
先生も子供も全員、ホロコストの犠牲となり、命が奪われてしまった。
子供の純な眼差し、そして、女先生の優しい眼差しを見ると、本当に心が痛む。
ベルリンのろう学校児童生徒147名が、ホロコストの犠牲になった。

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2006年8月 7日 (月)

DHI2006(国際ろう史研究会)

だいぶ間を置いてしまいました。
実は、先週の7月31日~8月4日にベルリン市フンボルト大学で開かれた、DHI2006(国際ろう史研究会)へ参加して、いろいろな発表を見て来た。
今回のテーマが『デフ・ホロコスト(Deaf Holocost)』であって、以前から関心があった。

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DHI2006の受付、及び、実行委員会本部は、SAS RADISSON HOTEL。
博物館島の隣にあり、発表会場のフンボルト大学まで徒歩7分位の近さ。

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発表会場のフンボルト大学の正門。
次は、発表会場の部屋への入り口。正門より裏門の方が近かった(笑)。

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DHI2006は、7月31日夕方の開会挨拶によって始まった。
この開会挨拶は、フンボルト大学の中で行われた。
庭で寛いでいるのは、記念写真を撮る為、待っているところ。

プログラム、発表などの詳細は、明日に書きます。

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2006年7月20日 (木)

聴覚障害者チームが初参戦 鈴鹿2輪ミニモト4耐レース

M8鈴鹿でろう者が燃えている!
中日新聞ホームページで、次の記事が載っている。全文引用で著作権に絡んでしまうので、一時的に掲載。
ろう者のチーム名は「気合一番!Deaf 4mini Racing」、なかなか燃えていますね。

結果発表を検索したら、見つかりました。

http://www.procione.com/suzukaland/one/2006/ores_minimotoopksropover_k.html

ALL JAPAN STREET BIKE GAMES 鈴鹿シリーズ第2戦
2006 鈴鹿ワンデーヒーローズレース Early Summer Round
DATE:2006-06-18 WEATHER : Fine  COURSE : Dry  鈴鹿サーキット南コース
Mini Moto OPEN/KSR-OPEN/OVER 決勝レース結果表

7チーム出場、6位だそうだ。
決勝戦まで進出したことが非常に価値があるものだ。
あとは、時間短縮だけだと思う。

かんばって欲しいものだ。

(中日新聞ホームページより引用)
聴覚障害者チームが初参戦
鈴鹿2輪ミニモト4耐レース
http://www.chunichi.co.jp/00/mie/20060715/lcl_____mie_____004.shtml

 鈴鹿サーキット(鈴鹿市稲生町)で15、16の両日開かれる2輪の鈴鹿ミニモト 4時間耐久ロードレースに同市を中心とした聴覚障害者チームが初参戦する。

 大会は改造度などが異なる5つのクラスがあり、80-125ccのオートバイが 出場。15日は市販車に近い170台、16日は改造度が高い249台が出場予定。

 聴覚障害者のチームは「気合一番!Deaf 4mini Racing」。15 日のレースに出場する。総監督兼ライダーの梅谷基浩さん(43)=同市三日市=が バイクレースに出場したのがきっかけで、チームの総合力を競う大会に挑戦しよう と、3月に聴覚障害者の友人に呼び掛けてチームを結成した。

 メンバーは9人で、ライダーの西尾政紀さん(32)=同市桜島町、下雄飛さん (34)=大阪市住吉区=や、タイムキーパーの中尾公二さん(34)=鈴鹿市道伯 町、メカニック=ら、いずれも聴覚障害者。

 メンバーはエンジン音が聞こえないので体で感じて調整を進めた。「やれることは やった。練習走行でタイムも上がった」と自信をのぞかせる。

 4耐は15、16日ともに午前8時20分から予選、決勝は午後3時スタート。問 い合わせは同サーキット=電059(378)1111=へ。 (野呂真聡)

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2006年7月18日 (火)

7/17 自立センター祭り

昨日7月17日に、東京聴覚障害者自立支援センター主催「自立センター祭り」が行われた。
私は、相次ぐ用事で疲れていたので、昼から出た。
雨が降ったり止んだりしている中で、自立センターと、リフレッシュ氷川を中心にして、祭りが行われた。

20060717_001 20060717_003画像の左は、倉方理事長と向かい合っているのは、ミャンマーへ派遣してビザ手続きの為一時的に帰国している鈴木さん夫婦。
そして、画像の右は、国立マンダーレろう学校校長先生、通訳をしている小林氏。
鈴木さん夫婦の派遣活動の2ヶ月間の様子を話された。
毎日サンダルの生活であり、皮靴に履いたのは2ヶ月振り、それも、日本へ帰国する為だという。(笑)

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2006年7月17日 (月)

横浜で…

関東ろう連盟主催の「第六回関東ろうあ運動セミナー」が、横浜中華街の中にあるローズホテル横浜で行われた。 
この企画に、「野沢克哉さん・飯島康夫さん・黒崎信幸さん長年のご功労を讃える会」を兼ねていて、セミナーとパーティをセットしたもの。

20060706_090 20060706_091


あいにく、関東各都県の協会行事があり、更に翌日に京都で伊東氏を偲ぶ会が行われる為、参加人数が予想より厳しく、人集めに苦労したそうだ。参加者が140名を越し、野沢氏・飯島氏・黒崎氏の、各々、喋りっぷしを楽しんだようだ。

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2006年6月27日 (火)

日本聴力障害者新聞2006年7月1日号

20060624_116日本聴力障害者新聞2006年7月1日号のトップページの写真は、第54回全国ろうあ者大会in静岡の、新任理事総勢挨拶の様子だ。
この写真の、右から3番目が私。

右から、水田理事、福島理事、私(新)、中橋理事、児玉理事(新)、本多理事、安藤理事長、中村理事、蔵本理事(新)、比嘉理事、坂上理事、伊藤理事、西滝理事。

写真幅の都合上で写真に出ていない方々は、次の通り。
松本副理事長、石野副理事長、小中事務局長、長谷川理事、山根理事、大屋理事、松本理事(新)、河原理事(新)、小椋理事、園田理事(新)、嶋本理事(新)、そして、議長団の浅利さん(新)、岩本さん(新)、倉野さん(新)、横島さん(新)、吉野さん(新)。
肥田監事、藤森監事、内田監事(新)。

理事の多くは、青年部・女性部の運動、議長団の経験を積んで、理事へ上がって来ている。
或いは、地元での活躍に対する評判・評価により、理事になられた方々もおられると思う。
私の場合、手話言語学(日本手話研究所)と手話通訳(国際手話通訳)の畑から、ろう運動へ転向した身分である。勿論、地元の運動経験がないわけではない(笑)。
運動論のいろはをどう消化して、どう活かして、全国津々浦々の聴覚障害者の向上の貢献にどう繋げて行くことを、第一関門として、考えて取り組んで行きたい。

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2006年6月25日 (日)

第35回関東ろう者体育大会

第35回関東ろう者体育大会が茨城県日立市・ひたちなか市で開かれた。
競技は、次の通り。

第59回野球競技
第38回卓球競技
第35回バレーボール競技
第27回サッカー競技
第26回テニス競技
第25回ボーリング競技
第24回ゲートボール競技
第17回ソフトボール競技
第13回バドミントン競技
第5回バスケット競技

私は、ソフトボール競技を担当。
ソフトボール競技会場は、日立市市民運動公園から車で北方向へ15分ほどの、諏訪スポーツ広場。
晴れてスポーツ日和であった。

東京都チームが、1回戦の対茨城県で15対7(下左)、2回戦の対埼玉県で20対19(下中)、勝ち進んで、決勝戦へ進出して、第一日目が終了した。
ソフトボール競技の東京都チームよ、お疲れ様(下右)。
第二日目もかんばって下さい。

事情通の方の話によると、事情上棄権した山梨県チームは、ピッチャー集団を揃え、打線が強く、優勝候補だそうだ。
棄権で不在となったトーナメント戦では、茨城県を倒せば、東京都が優勝候補になるかもしれないとのことであった。
20060624_093_1 20060624_100_3 20060624_098_1




20060624_103 青い空をバックとしてはつらつとした茨城県の皆さん、本当に眩しかったのです。お疲れ様!

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2006年6月20日 (火)

関東ろう連盟ブログ

関東ろう連盟ブログが、6月7日より開始。
書き込みはまだないが、今後、関東ろう連盟をはじめ、傘下の都県協会の行事などの案内が載せられるようになるかもしれない。
皆さん、よろしくお願いします。

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2006年6月13日 (火)

リチャード・グリフィズ(俳優 コーダ)

Uncle_vernon_hp左画像の男優は、リチャード・グリフィズRichard Griffiths。
そう書いては、すぐ思い出せないかもしれないので、もう1枚加えよう。

Daniel_radcliffe12この画像を見て、皆さんは思い出すのでしょう。
そうです、人気絶頂のハリーポッターの意地悪なブルノンおじさん役です。

リチャード・グリフィズ俳優は、何と、コーダだそうだ!
英国ヨークシャインで、ろう両親の元に生まれて、現在、米国で映画や演劇で活躍されている。
http://en.wikipedia.org/wiki/Richard_Griffiths

B_taw_pr_07_griffithsリチャード・グリフィズがコーダだと知ったのは、6/11に、2006年トニー賞の3部門を授賞されたというニュースで、彼がコーダだという内容だった。
http://www.tonyawards.com/en_US/nominees/shows/T/thehistoryboys.html

コーダが映画界で活躍されていると知ると、世界中のコーダに大きな勇気を与えられるだろう。
コーダを育てるろう両親も、心強くなるのだ。

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第54回全国ろうあ者大会

第54回全国ろうあ者大会in静岡の画像を載せよう。
全日本ろうあ連盟理事に当選できた私自身にとって、この大会が記念すべきものであり、静岡市が縁のある街となった。
20060507_103 20060507_104


20060507_112安藤理事長の挨拶


20060507_116大会風景。参加者が3059名。


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2006年6月 9日 (金)

全国ろうあ者大会第一日目

20060507_057今日6/9から、全国ろうあ者大会第57回評議員会が、東静岡駅近くのグランシップ(左写真)で開かれた。
午前は全大会、午後は第一~第四分科会の議論。
グランシップ、その施設はなかなか快適だ。
しかし、飲み物は、ペットボトルが不可、紙パックがOKなのだ。理解できず人々が多い。
他の施設では、ペットボトルを投げて怪我をさせるような凶器になりえることもあるから、禁じているところがあると聞いたことがあり、たぶん、その一例かもしれない。
でも、持ちやすいペットボトルがないとは辛い。
明日は、紙パックを多めに買って、持って行こうよ。

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2006年6月 7日 (水)

ブリストル大学ろう者学センター

Banner

Banner今日、仕事関係上、論文のタイトル、ページを調べようと、ブリストル大学ろう者学研究センターCentre of Deaf Studies, University of Bristolのp公式ウェブへ行った。
そうしたら、リフォームされて新しくなっていた。

ビデオが増えた。
学術論文の掲載も増えた。
研究実績も豊富になった。
教授助教授・講師も増えた。
大学院生も結構増えているようだ。(日本人学生が一人いるのだ)

ニュースページを見ていたら、「BSL Haiku Festival(英国手話俳句フェスティバル)」案内を見つけた。

7月29日~30日に、Burwalls Centre for Continuing Educationという館で行われるそうだ。
参加費は、40ポンド(約8000円)。
当日、私は、ベルリンへ行くことになっている。惜しいな。

そして、次のパネラーによる議論も予定されているそうだ。

Paul Scott (poet)
Judith Jackson (poet)
John Wilson (poet)
Rachel Sutton-Spence (University of Bristol)

スポンサーがついていることも知った。スポンサーを見たら、日本財団も入っていて、海外では、笹川という綴りが使われているのですね。

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2006年6月 6日 (火)

第54回全国ろうあ者大会

Fuji51今週末は、静岡市・グランシップを本会場とする第54回全国ろうあ者大会が開かれるのだ。
1年振りに、全国各地から仲間と久し振りにお会いする。
だが、今回の全国大会は、私にとって特別なもの。
それは、財団法人全日本ろうあ連盟理事に立候補している。
定員21名を越す立候補22名、更に、新規立候補が5名。
多くの理事は、議長を経ていて、今回の立候補も同様、議長経験がある方々ばかりだ。
本当に緊張している日々だ。

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2006年4月25日 (火)

本:北野雅子さん

石川県聴覚障害者センター施設長・北野雅子さんが、次の通り、コラム集を出版。

『音のない世界』知ってほしい

1500円
問い合わせ:石川県聴覚障害者協会

<出典元>
中日新聞Web Press
http://www.chunichi.co.jp/00/ikw/20060421/lcl_____ikw_____000.shtml

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2006年4月18日 (火)

第30回東京都聴覚障害者軟式野球大会

東京都聴覚障害者連盟副理事長として、『第30回東京都聴覚障害者軟式野球大会』へ開会式挨拶、優勝旗返還・授賞、そして、協力していただいている審判団へのお礼挨拶などの仕事をして来た。

この間の、4月17日(日)は朝から雨ポツリポツリで寒い。
そんな中で、大井競馬場近くの球場で、『第30回東京都聴覚障害者軟式野球大会』が開かれた。
都内の8チームがトーナメントで勝敗を決めて駒を進めて、関東、そして、全国大会へ出場権を獲得するのだ。

この大会の準備を担って下さった(都連盟体育部傘下の)野球運営委員会の委員長は、第30回という素晴らしい実績、昔先輩が始めたからこそ今の私達が楽しめることの感謝を述べて下さった。私の開会式挨拶より、なかなかいいスピーチであり、感動的であった。

来週の4月24日(日)に、決勝戦を進んだチームが関東への出場権を得るのだ。

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2006年4月 9日 (日)

大舘君がチュニジアで出品

3月21日に大舘君の活躍さを紹介した。今度、大舘君がでかしたことをやりましたよ。

おおだてのぶひろ監督作品の「小さな下町」が日チュニジア外交樹立50周年記念に上映参加!

それは、日本-チュニジア外交樹立50周年記念企画の一環として、文化交流に大舘君監督の映画『小さな下町』が上映されたのだ。記念すべき行事に招待されて上映されるとは、大変名誉なことだ。

DEAF-NEWSから失敬するが、次のURLで、Odareという綴りで紹介している。

チュニジアのプレス新聞
http://www.lapresse.tn/pdf/la_une_pdf/2006-03-15_une.pdf

チュニジアのプレス・ウェブサイト掲載
http://www.lapresse.tn/index.php?opt=15&categ=4&news=23959

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2006年3月31日 (金)

Greg Gunderson氏

Greg



Greg Gunderson氏
米国サウスダコタ州在住
サウスダコタろう学校→地域高校→ギャロデット大学
ろうドライバー(レース)
http://www.gundersonracing.com/
※このホームページは全て英語

日本語表現で何と書くかわからないが、「カーレースドライバー50傑」の一人として選ばれている。
祖父と父がカーレースに参加、現在、本人が参加しているそうだ。

全部英語だが、写真も多いので、何となくわかるかもしれない(笑)。

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2006年3月23日 (木)

聴覚障害者向け通信装置の博物館

Day54g米国ウィスコンシン州マディソン市に、TTYなどの聴覚障害者向け通信装置の博物館があるそうだ。(出典元:DeafNation

次の見出しをクリックして、ゆっくりとご覧下さい。
ASL動画ビデオと英文の両方を表記。ビデオは11分間余り。

Barr Productions' Deaf Devices & Museum (DeafNation Road Trip - Day 54)
 ※聴覚障害者向け通信装置の博物館
 ※昔の最初の通信装置も出ています。

この博物館の住所は、次の通り。この近くへ行くことがあったら、是非訪れてみたいものだ。

Address: Barr Productions and Museum
4514 Monona Drive
Madison, WI 53716

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2006年3月21日 (火)

大館君の映画がエントリー

Img_5446神奈川新聞ローカルニュースに、次の見出しが出た。

☆国際ろう映画祭に横浜在住の大舘監督最新作がエントリー☆

五月にカナダ・トロント市で開かれる世界ろう映画祭に、大館君が監督した『迂路(うろ)』がエントリーされた23出品のうちの一つに選ばれたのだ。
その映画祭とは、「第1回トロント国際ろうフェスティバルアート&映画祭」(TIDEAF)だ。<参考:一覧

友人が映画祭にエントリーされたことは大変嬉しく思う。日本、そして、世界中のろう者皆が見て心に残るような映画製作を続けて欲しいと思っている。

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2006年3月15日 (水)

2007年ソルトレイク、2009年台北

200601160001Logosaltlakegames70x126Logotaipeigames92h114トリノ冬季オリンピックが終わって、今、パラリンピックが開催中。
デフリピックは、来年2007年にソルトレイクで冬季、3年後の2009年に台北で夏季が開かれる予定。

来年の冬季デフリンピックに控えて、ソルトレイクで会見が行われた。(ビデオ

このデフリンピックは、最初、1924年にパリで第一回が開かれた。それ以来、夏季だけだった。冬季は、第二次大戦後の1947年に開かれた。最初の組織名称は、CISS、それはフランス語表記であって、日本語表記の公式名称は「国際ろうスポーツ協会」。歴史についての詳細は、Gamesページでご覧になれる。

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2006年3月 6日 (月)

第35回耳の日記念文化祭が無事に終了

 3月4日・5日の2日間の「第35回耳の日記念文化祭」が無事に終了した。
来場者は、延べ3100名。(昨年は延べ3500名)
2日間、続けて晴れたし、寒くなかったことが何よりであった。
 目玉の「LO+VE100%」「早瀬夫婦トークショー」は、100名が入れる部屋で一杯になり、廊下などの3ヶ所に設けたテレビの前でも人だかりができて、人気があったようだ。
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2006年3月 4日 (土)

第35回耳の日記念文化祭

明日の3月4日~5日の2日間に、東京都身障者福祉会館で、次の行事が行われる予定。
詳細は、次の案内の最後のところをクリックして下さい。

 -----(案内)-----
めざせ 自立への道!! 切り拓こう未来を!!
第35回耳の日記念文化祭

日時: 2006年3月4日(土)正午~牛後8時・3月5目(日)午前10時~午後4時

会場:東京都障害者福祉会館
参加費:500円(2日間通し) チケット好評販売中 

詳細はホームページへ。

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2006年2月28日 (火)

医療現場、臨床現場で働く聴覚障害者

読売新聞オンラインで、次の記事が載っている。
医療現場、臨床現場で働く聴覚障害者の人数を載せてある。
ここにも載せておこう。
意外に思ったのは、薬剤師が11名とのこと。
本当は、無資格の薬剤師が、結構、大勢いるはず。だが、無資格のため、名乗らないのだろうか。

聴覚障害を持つ医療従事者 患者安心、手話で意思疎通

◆「聴覚障害をもつ医療従事者の会」の会員構成
(昨年9月時点、計32人)
医師 2
獣医師 1
薬剤師 11
看護師 10
臨床検査技師 3
精神保健福祉士 2
診療放射線技師 1
言語聴覚士 1
介護福祉士 1

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2006年2月13日 (月)

神戸空港

 神戸空港は、1/19の日記に書いた通り、今週の2月16日に開港する予定。
神戸市では、神戸空港計画当初時点から、いろいろ意見衝突になったらしい。この意見衝突について、企業立場の一人として、何も触れないことにして…(笑)。
 神戸市南沖の埋立地「ポートアイランド」の南に、空港の島として、埋め立てて建設された。
空港の展望階から、北方向に、六甲山をバックとした神戸市街がよく見えて、特に、夕方時がきれい。西に夕焼け、北に夜景の神戸市街。
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写真の左から順番に、ポートライナー神戸空港駅から日暮れ方向を撮影、先の画像の右へずらして撮影、神戸空港駅を発って橋にかかる前に撮影。

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山口で

20060211_01020060211_012トリノ冬季オリンピック開会式が開かれている間、私は新山口駅付近のホテルで寝ていたのだ。
2/10昼~夜に山口県身体障害者福祉会館(地図)で、全国手話対策部長会議が行われた。続いて、2/11昼~12日夕方まで山口県セミナーパークをはじめ、山口県聴覚障害者情報センターで、「第22回全国手話通訳問題研究討論集会in山口」が開かれた。左写真が、後者の会場の、講堂と一般センター棟との間の広場。当日は小雨で、周辺の山々に霧がかかっていて、議論して疲れた頭、疲れた目を癒すのに、ちょうどよい雰囲気と景色であった。
レポート提出締切に間に合わず、傍聴参加だけとなった。(第14分科会「手話を広めるためには」)
楽しみにしておられた方々、ごめんなさいです。

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2006年2月 6日 (月)

2/4夜, 2/5朝, 2/11夜, 2/12朝:ろうを生きる難聴を生きる

Chokaku障害者差別禁止条例に関する話題が、タイトルの日時に、放映される。
昨夜と今朝は放映済みだな。見逃してしまった方々は、2/11夜、2/12朝のチャンスがまだ残っていますので、逃がさないように。

 -----(ここから 全文引用)-----
「手話は言語」~国連条約で採択へ~

 今月下旬の国連・障害者権利条約特別委員会で「手話は言語である」という全日本聾唖連盟を中心とした、各国関係団体からの提案が討議される。
 「権利条約」は2001年の国連総会でメキシコ提案の提案により制定が決まったもので、障害者の地位向上にむけ“国際規約”を作り、各国の法制度に反映させていこうというもの。その条約制定に向けた第七回の特別委員会が日本政府代表団とNGO団体も参加して1月21日から始まるが、条文化が有力な状況となっている。
 去年、日弁連からは「国は法的に手話を言語として認めるべき」との意見書が文部科学省に提出されるなど、手話の使用に対して法的根拠を与えようという動きが盛んになっている。この背景には、法律の制定で、情報保障手段としての手話の導入が社会のさまざまな場で一段と進むことへの期待がある。
 国連での論議の模様、条文化の持つ意味、さらに国内での法制化に向けた取り組みなど今後の課題について関係者に話を聞く。

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2006年1月30日 (月)

メンデル法則 劣性遺伝子を解明

奈良先端科学技術大学院大学と東北大学などのグループで、遺伝に関する「メンデルの法則」の、「優性の法則」の原因の1つを発見。
「劣勢な遺伝子で、遺伝子の発現を制御する部分に炭化水素の一種が取り付いて化学変化(メチル化)が起きて、遺伝子の発現を押さえ込む」*1だそうだ。
実験材料は、カブの仲間の植物で自分の花粉を受精しない事象について究明されたもので、まだ続けて行くそうだ。
大学実験は非常に意味があることが多いものの、将来地球上で「(遺伝性の)ろう者」がなくなるだろうか。なくなったら、その世は、又、違うものとなる。
(遺伝性の)ろう者にとって、嬉しくない話だと思う。

*1 ヤフーニュースより引用

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2006年1月24日 (火)

2006/08/10-14:第3回国際ろう学者・研究者会議

Logo

2006年8月10~14日に、スウェーデン・ストックホルム大学“Sodra husen”で、第3回国際ろう学者・研究者会議が行われる予定。

参加は誰でもOKというものではなく、次の通り、限定条件があり、いずれか該当すればOKらしい。
・研究者
・MA(修士)以上の学生
・大学で講師としてろう学生に対して(手話を使って)教えている方

(既に案内した通り)7/30~8/4にベルリンで開かれる予定の国際ろう史学会に参加して、ストックホルムへ移動して、会議に参加するという手がある。しかし、出張でなければ、2週間以上の休暇が必要となってしまう。

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2006年1月20日 (金)

ブログ案内<海外手話の手話へ->

今日の仕事関係で検索している時、たまたま見つけたブログを紹介します。

海外手話の手話へ-

管理人の身分を明かしていないし、固有名詞が、全日本ろうあ連盟をはじめ、幾つかの機関に使われている固有名詞を使わないなど、ちょっぴり、問題がありそうですが、翻訳内容の理解に差し支えていないから○。又、自分で、海外情報を集めるのに大変であるので、英語圏の情報を載せて下さるブログがあると、本当に心強い○。

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2006年1月18日 (水)

2005/11/12:欧州ろう同盟20周年記念行事

Anniversarysmall昨年11月11~12日にフランス・モンペイールMontpellierで、欧州ろう同盟20周年記念行事EUD 20th Anniversary Celebrationが行われ、そのニュース(画像のみ)が公式ウェブに載せています。ページをクリック 案内
EUDは、1985年に発足、現在、24ヶ国25組織*1が加盟、友好組織(Affiliated Member)が3組織*2と、至っている。
写真には、前理事長、前事務局長の挨拶が出ている。

*1 「1ヶ国に2組織」とは、ベルギー。
   フラマン地域(Fevlado)
   ワロン地域(Fédération Francophone des Sourds de Belgique)
   フラマン地域:Fevlado(Federatie van Vlaamse Dovenverenigingen フラマン語圏ろう協会)
   ワロン地域:Fédération Francophone des Sourds de Belgique(ベルギー・フランス語圏ろう協会)
  ちなみに、現理事長エルハ・ステブン氏はフラマン地域在住。
*2 3組織:Bulgaria、Bulgaria、Serbia and Montenegro

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2006年1月16日 (月)

2006/12/06-09:TISLR9

Logog_1今年暮れの12月6日~9日に、ブラジルにて、TISLR9(「手話言語学研究における理論的問題」第9回大会)が開かれる予定。
手話言語学研究者・学者・関係者が集まる、国際規模学術の一つであり、今回で第9回を数える。
※米国手話、もしくは、フランス手話ブラジル手話による説明もあり。

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2006/07/31-08/04:DHI2006

Dhi2006title国際ろう史研究会DHI*1が主催となって、今年7月31日~8月4日に、ドイツ・ベルリン市で、『DHI2006』開催される予定。
特別企画として、「1933~1945年のろう者社会」と予定されている。ナチ政党の隆盛時代にユダヤろう者がどうなったか、或いは、非ユダヤろう者が何をしたか、なかなか大変関心があるテーマだ。
昨年5月に見たアウシュビッツ&ビルケナウ強制収容所を見たが、聴者中心であり、障害者がどうなったかは全く見えていなかった。この研究会に参加して、話を聞いて、知見を深めたい。

基調講演予定者(Keynote) は次の通り。
1番目は何回か見たことがあるので別にして、2番目と3番目の2人の講演が、関心あり!
  キャロル・パデン博士(カリフォルニア州大学)
  サイモン・カーメル(交渉中)
  フレッド・フライドマン ラビ

参加費は、次の通り。
  1月31日まで:260ユーロ(約37000円)
  4月30日まで:350ユーロ(約50000円)
  5月1日以降:400ユーロ(約57000円)

*1 Deaf History International

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2006年1月13日 (金)

WFDの新年挨拶

世界ろう連盟公式ウェブで、新年挨拶が出ています。
その写真がなかなかきれいで、皆さん、一度覗きに行って下さい。
URLは次の通り。
http://www.wfdeaf.org/news.aspx#9

同じページの上部に、2005年活動報告が出されています。
英文だけではなく、国際手話による報告を見ることができます。
見出しの右側に、WindowsMediaPlayerとQuickTimeの、2つのボタンがあり、いずれかをクリックして下さい。

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2006年1月11日 (水)

手話コーラスについて

 ろう者の世界の巷では悪名高き『手話コーラス』について、久し振りに、インターネットで検索して、新しい見解・理論があればどんなものかと調べてみた。
 私が時々拝見させていただいている『マンガの中の聴覚障害者』に、いつに作成されたのか知らないが、手話コーラスについてまとめたものの、『手話コーラスについて調べ、考えてみた』ページが、新しく加えられていた。本当に、よくまとまっている。
 私は、正直に言わせれば、聴者による創作『手話コーラス』に感動したことがないのだ。理由は簡単なのだ。言語学側面からみると、「韻律」が滅茶苦茶であり、美しい奏でではないのだ。手話ネーティブさえ、頭中では日本語モードへ切り替えて楽しまないといけないのだ。
手話詩を創作し、奏でているろう者がいる。その方が、感動だ。その手話詩に、リズムをつければ、立派な『手話歌』になれると思う。
 かって、私の講演先で、「手話詩は、聴者が作れますか」と、聞かれたことがあった。
私の返事は、「創作しようか、それは自由だ。しかし、あなたの周辺のろう者、或いは、手話ネーティブがどんな目つきで見られるか、覚悟した方がいいでしょう。その過去事実の一例が、手話コーラスだったのです。」
 カラオケを楽しむろう者がいることの事実を、手話コーラスへ結びつけること自体は、議論展開のし方が間違っていると思う。かくいう私も、たまには、カラオケへ行く。だが、歌詞を見ながら声を出して歌うのではないのだ。又、日本語で書かれた歌詞に手話単語で対応させて、表現したりしない。先に書いた通り、韻律が美しくないから、私は歌いたくないのだ。持ち前のリズム感覚で、手話や身振りで、心地良き「歌」を作ろうと試みているのだ。

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2005年12月29日 (木)

リストバンド(聾魂)

P1020292P1020294 左写真は、リストバンド「聾魂」。
東京都聴覚障害者連盟青年部が、来秋に宮崎県で開かれる予定の「アジア太平洋ろう青年キャンプ」へ向けて、カンパに取り組んでいる。1個400円。
 アジア太平洋地域の発展途上国を対象として、自国~日本までの航空費に補助するためだ。発展途上国の多くは、ろう者の社会的位置が低く扱われているため、安給などの金銭事情上、それぞれのろう者が日本へ来ることが容易なことではない。
 各国各地域の、ろう者の社会的位置をより向上させる為には、日本でのキャンプ参加を通して、様々な国々と交流して自信を確立させることが大きな狙いであり、改善向上に取り組んで実現できた国・地域の話を聞くという機会を持たせることが本当に大切だ。
 欲しい方々、協力したい方々は、東京都聴覚障害者連盟青年部へ連絡して下さると、本当に有難い。

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2005年12月26日 (月)

パニック(全通研レポート作成)

来年2月11日~12日に、山口市で『全国手話通訳問題研究会討論集会』が開かれる予定。
私達の間では、「全通研冬集会」と呼んでいる。

昨年に、「ろう手話通訳者」のレポートを出した。続けて、今回は「ろう手話通訳者 -カリキュラムについて-」(仮)、養成の実践をまとめてレポートを出す予定。だが、実は、まだ執筆に取り掛かっていない。今週の12/30から海外脱出だし、レポート提出締切予定の1/6にまだ帰国していないので、12/29までに書き上げないといけないのだ。更に、年賀状は今日に出来上がり、明日の朝一番か、明後日夜に取りに行って、一気に書き上げないといけない。(挨拶文を入れてあるので、宛先だけ手書きだ。)
パニックだ!アチョプリケ!

追伸:年賀状の写真は、ポーランド・グダニスク

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2005年12月19日 (月)

東京都聴覚障害者大会のワンシーン

P1020256左写真は、東京都聴覚障害者連盟主催『第52回東京都聴覚障害者大会』のフィンナレ(引継ぎ式)のワンシーン。舞台奥から客席の方向へ撮ったもの。
(2006~2008年度の副理事長に就くことになった)私にとって、この大会が、特別で記念すべき日となった。

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ろう議員 桜井清枝氏

P1020258_1昨日12月18日に、昭島市民会館(東京都昭島市)で、『第52回東京都聴覚障害者大会』(主催:東京都聴覚障害者連盟)が開かれた。
この記念講演は、長野県白馬村在住の、桜井清枝(さくらい すみえ)氏。
彼女は、白馬村議員に立候補し、当選して、2001年から議会で活躍され、今は退いて、ペンション経営のおかみさんに戻っている。当選した当時、手話通訳を利用する議員としては、日本で初めてであり、注目が集まった。
大会終了後の祝賀会でちょっと話を交わした時の印象では、ほのぼのとした雰囲気で上品な方。
彼女曰く、「議会では音声会話が交わされる為、聞こえないから、議会ペースについていくのが難しいと思う」こと自体が間違っている。手話通訳を介すれば、どんな議員より、より有意義な発言を伝えることができるのだと、話を聞いて、勇気づけられた。

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2005年12月17日 (土)

日本手話表示の必要性について

12/14~16に東京国際フォーラムで開かれたTRONSHOW2006で、うちの会社が開発している手話動画像合成を展示した。ITMediaに、その記事が載っている。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0512/15/news086.html

しかし、記事に間違いが…。

<誤り>
携帯端末には「強風」「津波」「地震」など、緊急情報に必須となる単語の手話の動画をあらかじめ保存。緊急情報を受け取り次第、文字を手話に変換して再生する。

<正しくは>
「強風」「津波」などの単語の、手話動画像を予め、保存してはいない。手話動画像合成で作られた手話情報を、サーバに保存してあって、電波となって、携帯端末へ送られるもの。

見学に訪れた人達の多くは、字幕などの文字情報で十分だと思い込んでいて、手話動画像合成の展示を見て、なぜ手話動画像合成を開発しているのかと理解できず、頭を傾げたまま去ります。

世の中では、聴覚障害者は皆、日本語提示があれば十分だと思い込んでいる人が、あまりにも多い。又、手話提示を見て、「日本語が読めない人の為でしょう」と言う人も結構多い。
いずれにしても、偏見でしょうし、「機会均等」を全うせず不公平なもの。
聞こえる人には、スラスラと日本語を読めない・書けない人が一杯いて、そういう人達には、音声日本語のサービスがある。日本手話のサービスがあれば妥当なことなのに、又、聞こえる人達には二者一択の機会があるのに、聞こえない人には二者一択の機会がないとは、不公平ですね。世の中では、聞こえない人は日本語提示だけで我慢しろと言っているようなもの。

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