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2010年1月 1日 (金)

台湾へ移動

20091231_060デフダイアログ(第1回)終了後、同行の通訳者は日本へ帰国、私一人で台湾へ渡航。
香港空港で労った後、解散。
海外出張時、いつも通訳者と一緒に行動していたが、最近、別々に行動することが多くなった。出張途中で、私一人で対処できる場合、通訳者を帰国させた後、一人で行動することがある。
20091231_062香港発台北行きの便では、行き来に慣れている人達で一杯。
香港と台湾との間の、人物交流が盛んだそうだ。
20091231_094 20091231_095台湾は、5年位振りだ。
左は台湾総統府、右は国民党本部。お互いに向かい合って建っている。
総統府の建物は、日本占領時代に建てられたものである。台北の街中のあっちこっちに日本占領時代の建物が沢山残っている。
20091231_086 20091231_089総統府と国民党本部との間に、228和平公園というところがある、台北駅から歩いて南下、5分位のところにあり、台湾大学医学部の隣にある。
その228和平公園は、1947年2月28日に起きた2・28事件の犠牲者家族の名誉回復、そして、その記念に、左の塔があるところ。また、228記念館がある。
1945年の日本降伏後、荘介石が率いる中華民国政府が上陸(逃避)したが、日本占領時より不景気悪化、失業増加、政府の横領行為が相次ぎ、警察がヤミ煙草の人を殺したことにより、放送局が呼びかけて、デモを起こした事件。
警察と軍隊が鎮圧したが、日本留学経験がある政府官僚や知識人を全員、中国共産党のスパイとして殺略を行った。その歴史事実は、「白色テロ」と呼ばれている。
日本では、「非情都市」が上映され、知られている。

20091231_072 20091231_077 20091231_079宿泊先の台北官邸ホテルから徒歩5分位に、士林官邸公園がある。
昔、荘介石が住んでいた官邸であり、今は、政府施設として使われているらしい。
公園が整備されていて、バラ園、洋式公園、中国式公園など、いろいろある。

20091231_111 20091231_120台北で一番賑やかな町は、西門町。
日本なら、新宿、難波に相当すると思う。
この街のあっちこっちに、日本語看板や、日本語表記が見かけられる。
5年位前、最初に来た時、この看板を見かけて、カルチャショックを受けた。日本占領時代の恨みなどがあると思ってばかりであった。
ところが、台湾は違い、親日的な雰囲気を感じられた景色の一つであった。
いろいろな美味しい料理を売られている店が立ち並び、徒歩圏内にいろいろ食べられることもいい!
台北デフリンピックの開会式で、「台湾美食」というテーマで、中国とは別だと、台湾文化を主張するという意図で演じられた。
台北では、本当に、いろいろな料理を楽しめるのだ。

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