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2008年12月28日 (日)

第20回世界ろう連盟アジア太平洋地域代表者会議inネパール

12/10~12の3日間に、ネパール・ポカラ市において、『第20回世界ろう連盟アジア太平洋地域代表者会議』が開かれた。
私は、事務局長として、12/7発~12/14帰国で行って来た。

最初、タイ航空バンコク経由で行く予定だったが、スワンナプーム空港閉鎖が続き、飛行機が飛べるかどうかあやふやな状態が続いたため、ルートを変更して、中国国際航空Air China北京・成都・ラサ経由で行くことになり、2日間かかるハードな日程となった。

日本を含む8ヶ国が出席。空港閉鎖などの事情で出席できなくなった国々が多かった。今回の会議で、珍しく、チベット障害者連盟関係者が出席したいと連絡があり、陸路で来る予定だったが、天候不良であいにく来れなくなった。

全日本ろうあ連盟の組織改革が進み、世界ろう連盟も2007年マドリッド大会で組織改革を打ち出している。
アジア太平洋地域事務局も例外なく改革を始めることになった。
全日本ろうあ連盟が、この会議をはじめ事務局運営を、長年、かなり膨大な予算で支援してきたという事実を知った出席者のうちから、「会員制」などの手段により、予算を可能な限り確保できるようにと提案が出され、全員賛成となった。これから、「会員制」へ移行するための作業を始めなければならない。
会議開催が20回を経て、アジア太平洋地域各国の、新たな協力が生まれた。
事務局長として、新たな協力体制を取り組んで行きたいと思っている。

20081210_011ネパールの習慣に則り、開会式の最初に必ず、このように行う。
神様の彫刻の下に、火を灯すことにより、開会を宣言するという意味合いだ。
神聖的で、なかなか関心深く、かけがえのない経験となった。
世界ろう連盟理事長ヨキネン氏も、直後にフィンランドろう協会定期総会が開かれるという多忙なところに、ヘルシンキから駆けて、同席して下さった。ヨキネン氏へ感謝する。

20081210_017 20081210_028会議様子。非常に難しく、事務局長の力量次第だという議題があり、予めヨキネン理事長の助言をいただいた事務局長は、慎重に説明して、出席者全員が納得させて、出席者全員の意見を収束させて、次の課題を明確することができた。

20081211_003毎朝、ホテルの部屋から、このようにアンナプルナの連峰(ヒマラヤ山脈の一部)を仰ぐことができた。神秘な景色を見て感動。その景色を毎日見ているネパールの人達は何と幸せだろうと思った。
山頂の名前が一致していないが、推測で…(笑)。山頂の名前は左から書こう。
http://members.jcom.home.ne.jp/sakatosi/annaprna/annaprna2.htm

左側の連峰
・アンナプルナ・サウス
・アンナプルナNo1

真ん中の尖がり
・マチャプチャレ(魚の尾鰭)

右側の連峰
・アンナプルナNo3

20081211_0532日目の観光で、ペワ湖(ダムのせき止め湖)へ行った時に、出席者全員と一緒に撮った。
事務局長として一番前に真ん中に座った画像を見て、アジア太平洋地域の各国・各地域の団結を強めなければならないと、改めて強く思った。

20081212_0683日目の早朝の、朝焼けツアーに参加した時、ネパール関係者、石野国際部長と一緒にハイチーズ!
アンナプルナの連峰が一瞬に朝焼けを浴びるところが感動的であった。
今までの苦心・苦労が何もかも忘れた思いであった。

会議は、有意義な一歩を残して閉会できた。
会議開催準備に取り組んだネパールろう者・難聴者連盟、ガンダキろう協会、アジア太平洋地域事務局のスタッフ、そして、代表として出席しながらいろいろ支えて下さった石野国際部長と久松本部事務所長へ、感謝申し上げます。

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2008年12月27日 (土)

全国ろうあ青年研究討論会

20081122_049 20081122_05111/22~24に、四国・高知で、「第42回全国ろうあ青年研究討論会」が開かれ、私は、第三分科会「AP地域と青年部」の助言者として出席した。
世界ろう連盟アジア太平洋地域事務局長として、アジア太平洋諸国の問題と現状、そして、各々のろう協会が今必要としていることは何か、それから、参加者の多くは青年部などを通して組織活動を経験していることを何に役立つか、話した。
若者の中から、国内外へ広げて活躍するできる人の輩出が楽しみ!

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スリランカへ

8月の日記からだいぶ経ち、間をおいてしまった。
楽しみにしている方々、ごめんなさい!

10/11夕方~15早朝で、スリランカへ行って来た。
勿論、仕事を長く留守にすることができないので、10月連休を利用して来た。

香港中文大学ろう者手話言語学研究センター(主任:Tang教授)が取り組んでいる『アジア太平洋手話プロジェクト』の、スリランカ側体制について話し合って確認することが目的。
私は、香港中文大学からの依頼で同行した。

20081012_014香港中文大学から、タン先生・ウッドワード先生・他1名の計3名、日本から私のみ。
スリランカ側は、スリランカろう中央協会から4名(左画像の右奥)、ケラニヤ大学から5名(左画像の左側)。

スリランカろう中央協会-ケラニヤ大学の協力体制について確認し、香港中文大学へ留学しているスリランカ学生5名の受け入れ、大学側の雇用に至るまで話し合った。
香港中文大学、スリランカ中央ろう協会、ケラニヤ大学の三者共、いい方向へ進めることができたようだ。

20081015_003こうして、くれたは疲れたまま、コロンボ→シンガポール→成田へと帰った(爆笑)。

スリランカろう中央協会の事務所
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20081014_015実は、スリランカは、私が入社して3年目に行った初めての海外旅行先が、スリランカとモルジブであった。
コロンボのタジリホテルで泊まり、そのホテルの前の海沿いの広場で、新年を迎えて大勢が集まり、賑やかだったことを記憶している。
スリランカではタミル人勢の対立で、テロが相次いでいて、街中の検問が非常な厳しさ。コロンボを発つ日の午前に、タクシーに乗って案内してもらったが、何回も検問に止められて、そのうちの1回、私のパスポートも請求された。街中の工場や公園では、2mほどの塀が続き、厳しい雰囲気であった。
20数年前に訪れた時の、自由な雰囲気がどこへ行ったのだろうか。悲しかった。
「戦争・紛争」に直面する経験の一つとなった。

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