« ナチ時代のドイツ・ろう者はどうなった? | トップページ | フンボルト大学の前で何か起きたのか? »

2006年8月14日 (月)

ベルリン・ユダヤろう学校

昨日の日記に載せた ITA:Israelitischen Taubstummen-Anstalt(ドイツ語表記)を、研究会最終日に、見学に行く機会があった。
何枚かの写真を載せよう。
ITA:Israelitischen Taubstummen-Anstaltを直訳すると、イスラエルろうあ学校(寄宿付)となる。
この直訳ではイスラエルのろう学校かと間違えられるので、ここでは、「ベルリン・ユダヤろう学校」とする。

20060804_053 20060804_072赤いレンガ部分が、元ベルリンユダヤろう学校の校舎。
エレベーターなどが増築されている。



20060804_057この学校は、現在、知的障害児の学校となっている。
赤いレンガ部分の校舎のレイアウトは、当時と同じ。


20060804_054 20060804_055正門の近くに、碑が残されている。
147名の児童生徒がホロコストの犠牲となったことが書かれてある。

20060804_059 20060804_062Israel Savirさんが、当時のろう学校様子を説明。参加者は皆、熱心に聞いた。
当日は、雨が時々降っていた。

20060804_065Israel Savirさんの語った記憶で、左画像の校内に植えられた木々は当時と同じ位置だと説明。
当時の校内は広く、200mほどの幅があったという。現在、幅が70m位。
当時の校舎は、上から見ればU型。残された赤いレンガの部分は、Uの底の部分。
校内で、夏の雨直後に、外の水溜りで、顔を洗ったり体を洗ったりすることがあったという。
冬になれば校内に水を撒いておいて、翌日に凍って、スケートを楽しんだこともあったという。

|

« ナチ時代のドイツ・ろう者はどうなった? | トップページ | フンボルト大学の前で何か起きたのか? »