« クロアチア紀行 | トップページ | クロアチア紀行(3) »

2006年5月16日 (火)

クロアチア紀行(2)

リエカを発って、船に揺られながら夜を明かす。

20060429_048翌朝は、スプリットのディオクレティアヌス宮殿に迎えられた。
潮風に吹かれながら悠々と揺れるフェニックス並木の景色がなかなか快い。

この宮殿は、かって大きな館だったと、誰が見ても理解するのに難しい。かって、幅120m×奥150mほどの規模であり、上から見れば4つの中庭を抱えた「田」型の、大きな館であった。
ディオクレティアヌス帝が、ローマ皇帝を退いた後、住んだところ。西山荘版と解釈してよかろう。
7世紀に攻撃されて崩壊され、頑丈な城壁と史跡のみ。
観光のクライマックスは、ペリスティル(次の左)。
20060429_133 20060429_135 20060429_157





20060429_119バスで、スプリットから北西方向へ40分間位揺られて、トロギールへ。

20060429_113もと城郭で囲まれた街で、攻撃に備えて、水路を作って、陸地を切り離したという。水路を跨る石橋が、街への入り口。

20060429_077海側の景色。


20060429_061街中の石畳小路。
街全体がが大きくないが、隈なく巡る石畳小路を踏み歩くのになかなか快い。遥か昔の人達も、このように踏み歩いて、快く思ったのだろう。


20060429_198 20060429_202水中翼船で、スプリットからフヴァルHvarを経由してコルチュラへ。北西の波止場に下りて、オレンジ色屋根の、いろいろな彩りの家並びの景色が目に飛び込んで来た時、胸が躍った。

20060429_214コルチュラの城郭外の南500m先のホテルへ投宿。
ホテル玄関から撮った夜景。
ゆっくりと濃い紺色の空に包まれつつ、ゆっくりと眩い白色の点灯が灯りつつ、時間がゆっくりと流れていった。

胸が躍ったのはいいが、翌日4/30にあっけなく凹んでしまったのだ。
それは、4/30 14:45発のバスでドブロブニクへ移動しようと考えたのがいけなかったのだった。
アドリア海では、4/30午後から5/1午前まで、メーデー(祝日)の為、バスも船も運休同様になった。

|

« クロアチア紀行 | トップページ | クロアチア紀行(3) »