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2006年1月11日 (水)

手話コーラスについて

 ろう者の世界の巷では悪名高き『手話コーラス』について、久し振りに、インターネットで検索して、新しい見解・理論があればどんなものかと調べてみた。
 私が時々拝見させていただいている『マンガの中の聴覚障害者』に、いつに作成されたのか知らないが、手話コーラスについてまとめたものの、『手話コーラスについて調べ、考えてみた』ページが、新しく加えられていた。本当に、よくまとまっている。
 私は、正直に言わせれば、聴者による創作『手話コーラス』に感動したことがないのだ。理由は簡単なのだ。言語学側面からみると、「韻律」が滅茶苦茶であり、美しい奏でではないのだ。手話ネーティブさえ、頭中では日本語モードへ切り替えて楽しまないといけないのだ。
手話詩を創作し、奏でているろう者がいる。その方が、感動だ。その手話詩に、リズムをつければ、立派な『手話歌』になれると思う。
 かって、私の講演先で、「手話詩は、聴者が作れますか」と、聞かれたことがあった。
私の返事は、「創作しようか、それは自由だ。しかし、あなたの周辺のろう者、或いは、手話ネーティブがどんな目つきで見られるか、覚悟した方がいいでしょう。その過去事実の一例が、手話コーラスだったのです。」
 カラオケを楽しむろう者がいることの事実を、手話コーラスへ結びつけること自体は、議論展開のし方が間違っていると思う。かくいう私も、たまには、カラオケへ行く。だが、歌詞を見ながら声を出して歌うのではないのだ。又、日本語で書かれた歌詞に手話単語で対応させて、表現したりしない。先に書いた通り、韻律が美しくないから、私は歌いたくないのだ。持ち前のリズム感覚で、手話や身振りで、心地良き「歌」を作ろうと試みているのだ。

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